どうやら僕は死んで別の世界で生き返るをくりかえしているらしい。
そう気づいたのは『マツノイチマツ』として6回目の死を迎えた時だった。
車に轢かれそうになっていた猫を助けに道へ飛び出せば、強い衝撃と共に面白いように体が宙を飛んだ。
また、僕は死んでしまうのか。
胸の中の猫の安否を確認し、僕は薄れゆく意識に目を閉じた。
そのあとも、僕は何度も生まれ変わった。
出生する時代や家庭環境はその都度違ったが、必ず僕は『マツノイチマツ』と名付けられ、二十歳を迎えるまでにかつて六つ子の兄弟だった五人と出会う。
そうして、26歳の8月31日、僕は必ず死んだ。
そんなことを繰り返した僕は死ぬ運命を受け入れるような達観した質ではなく、どうにか生き延びる人生を迎えられるよう努力してみた。
結果は、散々の一言だった。
自宅にいれば死ぬようなことはないと引きこもっていれば、食中毒により死亡。引きこもった上で衛生面に気を遣えば大丈夫だろうと徹底すれば、不治の病で死亡。マフィアの時は食中毒じゃなくて毒殺だったかな、サスペンスでお馴染みのアーモンド臭のあれを盛られたらしい。小説家だった時は自宅に雷が落ちて火事による焼死、漫画家の時は仕事場に隕石が降ってきたんだったかな。病や毒はともかく天災は防ぎようがない。なんなのあれ。
そうしてどうやっても僕は生き延びれないことを悟ったのは、30回目くらいの死を迎えた時。運命にバグでも起こらないかと自宅に引きこもるパターン以外も色々試して頑張ったけど、無理なものは無理だと諦めた。工場で真面目に働いていたら機械に巻き込まれたとか、バンドマンだった時には過激なファンに刺されたとかどんだけレパートリーあるの。刺された時なんかちょっと笑っちゃったんだけど。
生き延びることができないとわかってからは決められた時間の中、自分の出来る範囲で好きなことをしようと考えるようになった。
それからの僕はカラ松を見ることに専念した。
僕はカラ松が好きだった。いつから好きだったかなんてもう記憶にないけど、僕とあいつがどんな間柄であっても僕は何度もあいつを好きになった。
面白いくらいに、僕はクソ松のことが好きになるので笑えてくる。どうせ死んでしまうのに。
笑えてくるほど、運命のようにカラ松を好きになった。
どうせならその世界でのカラ松を堪能しよう、と40回目くらいの人生から僕にしては随分積極的に彼へ話しかけるようになった。
どの世界の彼も魅力に溢れ、僕は好きの気持ちを募らせた。
数え切れないくらいの人生を繰り返し、様々な彼を見続けてきた頃、無謀にも告白してみようかと思うようになった。
どうせ、死んでしまうのだ。一度くらい告白を受けた彼の反応を見てみたい。
勿論、告白する日も決めてある。26歳の8月30日の夜だ。
不思議なことに、何回も繰り返される人生で「兄弟に出会うこと」と「死ぬ日」は絶対変わらなかった。
カラ松に出会うことは保証されている。そして告白して気まずくなっても、たった一晩我慢すればいい。翌日には僕はおさらばしているのだから。
だが、ここにきてコミュ障が発揮され、告白を思い立った人生では緊張して話しかけることすらできなかった。
その次の人生では会話はできても、二人きりになんてなれなかった。流石のゴミクズ、度胸がないな。何度自分を罵ったことか。
そして今、三度目の正直。今回の人生ではなんと僕は六つ子の四男坊として生まれ、カラ松は六つ子の次男であった。記憶する限りでは僕の最初の人生と同じ関係性である。
身内なんてハードル高過ぎないかって?極道の家に生まれた時なんて敵対していたんだから、身内であるなんてかわいいものである。
「………だから……好きなんだよ、あんた……あの、カラ松のこと」
不自然に途切れがちだが、声が震えなかっただけ上出来である。
「ごめん……でも、今言わないと、二度と言えない気がして」
今日は8月30日。そして明日、どうやっても僕は死ぬ。この人生では今日を逃したら言えないのも同然なのだ。
「………一松」
太眉の端が下がり、困惑の表情を見せる。不格好な告白に本気と察したのか。勇気を出した甲斐があった。
「まあ、困るよね……どうか忘れて」
ここまでが告白のセットだ。良かった、何度も練習したセリフを最後まで言えた。あいつが何か言う前に退散しないと。告白の返事は要らないのだ。
さて、あとは明日までの我慢だ。この羞恥心が混ざったようなむず痒い高揚感は町内を駆け回りたくなるが、それは次の人生まで我慢しよう。
8月31日、僕は町中を歩いていた。
今日はもう外出の予定はないから、きっと死ぬなら今のタイミングだ。病気の気はないから事故かな、事故でも猫が危険な目に遭うパターンじゃないといいけど。
そう思った矢先、工事現場の近くを歩く猫を発見してしまい慌てて駆け寄っては抱き上げる。猫を助けて命を落とすパターンもそこそこあるから、危機が迫る前に助けてしまえば少なくとも猫は助かるだろう。
「早いとこ住処に帰るんだよ」
工事現場から少し離れた空き地へ猫を放すと、後ろからけたたましい音が聴こえた。その音の大きいこと、猫が跳ねるように逃げ去ってしまった。
逃げた猫を惜しむ間もなく振り返れば、先ほどまでいた工事現場前の道路に巨大な鉄骨が落ちていた。
「……は?」
これはあれか。あの鉄骨は本来ならば僕の上に落ちるものだったのでは…いやいや、鉄骨は僕の運命とは関係なく、たまたま落ちただけであって僕はこれから死ぬはずだ。
そのはずなのに、嫌な予感に背中がひやりと寒くなる。
僕は再度町中を歩く。予定では一時間だったところ、四時間歩き、工事現場や車の通りの多いところを歩き、川沿いまで歩いてみた。それなのに何も起こらない。
昨日告白したんだけど。今日、僕は死ぬから告白したんだ。なのに何?家帰ってから死ぬの?家に帰って死ぬのは家族を巻き込みそうで嫌なんだけど。もしかして……ここにきてまさかのバグか?ゴミクズの僕が告白したからか?これまで色々やってきたのに告白だけで?そんな想定外だった?
いやいや、もしかしたらこれからかもしれない。31日はまだ終わってないのだし、その瞬間まで外にいれば家族を巻き込まなくて済むではないか。
ああ、雷くらい落ちてきていいからどうにかならないかな。
身体的苦痛より今は告白を受けたクソ松と会うのがなにより恐ろしく、僕はそう思わずにいられない。
次の人生からは絶対告白なんかしない。好きになっても見つめるだけで十分で、ひっそり片想いだってたいへん楽しいものだ。片想いすごいセラヴィーだから。
次の人生へ想い馳せていたせいか、前触れなく衝撃が襲ってきた。
ぶれる視界。焼けるような痛み。僅かに見えたトラックに、今回は事故死なのだと安堵する。即死じゃない事故死はなかなかの苦痛だが、クソ松の反応に震えているよりマシだ。
さよならまた来世。次の僕は、次のあいつはどんな関係で出会うのだろう。
意識が薄れてきた。バグが起こったかと若干焦ったが、この人生も無事に終わりを告げるようだ。追加シナリオなんてもう僕は望んでいないからこれでいいのだ。
さて、今度はどんな人生を送ろうか。それもまた、生まれた環境によって選択肢が変わるか。
ねえ、クソ松。
次の人生では告白なんかしないけど、傍にいることが許される世界ならいいな。
こうして、僕にしては実に感動的なモノローグで今回の人生は終わった。
終わったはずなのだ。いつもなら、終わるはずなのに。
終わっていなかったのだ。
「奇跡の生還としか言いようがないですよ」
「はあ」
朗らかに笑う初老の医師に、僕はどんな顔をすれば良いのだろう。そんな疑問に答える者は誰もいなくて、何ともやる気のない返事をしてしまった。
起きたら次の人生だと思っていたんだ。
自我が構築された幼い僕が、繰り返される前世の記憶を思い出して慄くところからスタートするはずだ。それなのに、どうして鳴り響く機械音や感嘆の声に囲まれて目が覚めなければいけなかったんだ。
「一週間もしたら、あとは一般病棟で大丈夫ですよ」
「……」
医師からすれば励ましの言葉だったのだろうが、僕からすれば余命宣告より恐ろしい一言だった。
僕が意識を失った直後、たまたま救急救命士が傍を通りかかり、速やかに救急車を呼んでは迅速な応急処置をしてくれたという。しかも最寄りには大きな大学病院があり、そこにたまたま天才外科医がいたとかで僕は助かってしまったらしい。僕は赤塚のキャラであり手塚キャラじゃないんですけどどうなってんの。
「一松兄さん? もしかしてまだ本調子じゃない? 具合良くないなら僕ら帰るけど」
流石は末のトド松というべきか、居心地悪くなっている僕に何かを察したらしい。
具合は良いけど早いところ壁際に立っているクソ松連れて行って。
僕が意識を戻したと連絡を受けて、家族全員が病室に集っていた。当然ながら家族の中にはクソ松もいるわけで、だんまりと壁際に寄りかかってこちらを見つめていた。
これは僕の知らない世界だ。
これまでは生まれた環境は違えど、出会った兄弟たちの性格は変わらなかった。だから、このような場面ではこういった反応をすると、これまではわかっていた。だが、生還したパターンは初めてだ。しかも告白したパターンも初めて、初めてばかりのパターンで僕は気まずさを募らせる。
「……ちょっと、休みたい、かな」
「そう。じゃあ今日はもう帰るから……ほら、兄さんたち、今日は帰るよ」
「もう? ……まあ生きてんのが奇跡だもんなあ、一松またなー」
「あしたなにか持ってくるよ一松にーさん」
「僕も十四松と一緒に来るから、なにか欲しいものあったら電話しろよ一松。ああ、夕方には父さん母さんも来るっていうから、そっちに伝えてもいいよ」
「じゃあ一松兄さん、また「みんな、先に帰っていてくれないか?」
帰る流れを遮るようなカラ松の一言に、僕を含めた五対の瞳が壁際……カラ松へ向けられる。その視線に臆することなく言葉を続ける。
「ちょっと一松と話したいことがあってな……数分で済むから構わないだろう?」
「ちょっとなら明日でも……」
「まあカラ松は誰よりも一松のこと心配していたしなあ……」
おそ松の一言に何故かカラ松が顔を赤らめ、他の三人はどこか納得したように緩く笑った。何その反応、何かあんの?何かあったの?ねえ、何この変化こわい。
「ちょっとで済むなら良いんじゃない?ね、一松にーさん」
口を閉じて笑う十四松がじっとこちらを見つめる。その有無を言わせんばかりの表情に僕は黙って頷くしかできない。僕が意識がなかった間に一体何があったの、処理が追いつかないんだけど。
クソ松を除く兄弟たちが退室してゆき、壁際にいた彼が僕の隣へ移動してくる。二人きりになった室内は機械音が響くばかりで、嫌な汗が背中をつたう。
「……」
気まずい。
数分で済むなら早く終わらせろやクソ松緊張で泣きそうなんだけど。
「具合……どうだ?」
「わ、わるくはないけど……」
トド松とのやり取りで、休みたい程度には良くもないと察してないのか?いや、そんなことを聞くためだけに残ったわけじゃないだろうし……早く話して帰ってくれないかいやいやわざわざ残って何を話すんだ。
もしかして、あの話じゃないよな?
「気がついて早々だが、聞きたいことがあってな……あの時、言ったこと……本気か?」
この場合、彼が指す「あの時」はひとつしかないだろう。
こんな世界はありえない。僕の知らない世界だ。
告白しただけなのに僕は生き延びてしまったし、クソ松が僕の想いを確認することになってしまった。
クソ松の顔が近づいてくる。いつもきりっと上がった太眉を力なく下げて、熱でもあるんじゃないかというほど頬を真っ赤にさせて。
それはどんな感情?かわいい。僕がさせてるの?こわい。どんな感情でそうなるの?
怖い。
背中に冷たい汗が流れ続ける。
「お前が俺のこと……好きって言うのは、本気なのか?」
こんなの、僕は期待しちゃいなかった。