飯食うふたり、食うひとり(材木松)

 カラ松とトド松が二人揃って台所に立ち、料理を作ることは珍しくはない。
 ほんとイタイ。そうか?どうにかなんないの?なにをどうにかしなければならないのか。なんていう会話を日常的にする二人だが、仲が良くないわけではなかった。むしろ幼い頃から何かと一緒に組まされていただけに、本人たちは互いの仲の良し悪しなど気にも留めてないのだが詳しくは割愛する。
 珍しくない、とはいえ、二人が台所に立つのにはそれなりの条件がある。
 一.松代の用意した食事がない
 一.松代不在、かつしばらく帰宅しない
 一.インスタント、冷凍食品のストックがない
 一.在宅するカラ松、トド松の二人が空腹である
 以上の条件が揃わないといけない。

 ちゃぶ台の上に大皿に溢れんばかりのオムライスと中皿に乗るチャーハンに焼きそば、そうして野菜を忘れるなとばかりに青菜と菊の花の酢の物と長葱多めの中華スープ、昨日の残りのジャーマンポテトもどきが並ぶ。炭水化物に偏りがちなレパートリーは母親譲りなのでどうにもボリュームたっぷりになるのは仕方ない。だが、譲られたのはそのおふくろの味もであり、ふたりが作る料理はどれも絶品であった。
 ただいまの時間は午前10時に差し掛かる頃であり、ニートの六つ子にとっては朝食にあたる。朝食というには結構な量だが、あればあるだけがっつり食べるのも松野家の六つ子であった。
 ジャーマンポテトもどきは奇跡的に残った昨日の夕飯のものだったが、それには肉好きの二人によってソーセージを足されている。前述したがあればあるだけ食べる奴らだ、肉が多くて胃もたれするのでは、なんて心配はしない。
 がちゃがちゃと使用した調理器具を片付けるカラ松とトド松の後ろ、寝乱れた髪のままのチョロ松が現れる。
「……今朝は大当たりか」
「おはよーチョロ松兄さん」
「お。チョロ松じゃないか、お前も一緒に食べるなら自分の皿を出してくれ」
 チョロ松は戸棚から食器を取り出すとちゃぶ台傍に座る。それに続くようカラ松とトド松も座る。残りの三人はまだ寝てるようだが、そこでわざわざ起こしに行くような優しさはない。起こさないのが悪いのではない、起きない方が悪いのだから。
 だからこそ、このタイミングで起きたチョロ松にとっては大当たりなのである。
「「「いただきます!」」」
 三人の声が綺麗にハモる。律儀にこの挨拶をするのはそれなりに重要であると、特にカラ松とトド松を除いた四人の兄弟は思っていたりする。
「「どうぞ!」」
 今度はカラ松とトド松の声だけが重なり、頬が仄かに赤らむ。重要なのはこれだと、チョロ松は秘かに唇を舐める。
 一般的な習慣として「いただきます」とは食物に感謝する挨拶なのだが、カラ松とトド松が作った食事に対しては調理した者に向けての感謝の意味合いが強かったりする。
 ニートのくせに自己顕示欲が強いからな。
 取り皿を炭水化物で満たしながら、しみじみチョロ松は思う。彼こそが誰よりも自己顕示欲が強いのだが、そこに突っ込む者はいない。
 誰に弁解するでもないが、カラ松とトド松が料理を作る理由は「腹が減った」からであり、褒めてもらいたいからではない。本人たちも勿論思ってないが、やはり褒めてもらえたら嬉しいわけである。
 当然ながら嬉しいことは続けやすい。それをしっかり理解している兄弟は彼らの食事にありつけた時にはできる限りの感謝の念を伝える。
「まあ、意識しなくても言っちゃうんだろうけど。あむ、」
「なにが?」
「むぐ。このオムライスいつもよひ美味ひいとむしゃ、思って」
 身内にお世辞を言うほどこっ恥ずかしいことはないが、偽りない率直な意見であれば羞恥心も半減である。
 固めに焼かれた卵に包まれたチキンライスはケチャップを多く使われていて、やけにもったりとしている。母の松代はケチャップを多めに使うことで具材の少なさをカバーしていて、これもチャップをたんまり使われている。
 これでは卵の存在が薄れる、と思いながらもチョロ松は取り皿にこんもりとオムライスを乗せて食らいつく。
 好きか嫌いかでいえば大好きである、うまい。
「わかるー? 今日使ってるケチャップ、炒めモノに合うって評判のやつなんだ」
「いつものより辛味があるな。これ、魚肉ナポリタンにも合いそうだ」
「ねー。ちょっと焦げつけたら美味しそう」
 カラ松がよく作る、魚肉と残り物の野菜のナポリタンもケチャップが多く使われていた。肉好きだけじゃなく、ケチャップ味まで好きとはどこの小学生男子だよ。
 そう、内心突っ込むチョロ松の口は相変わらずむしゃむしゃと食べ続けている。
むしゃむしゃ、がつがつ。そんな擬音が似合いそうな勢いで三人は黙々と食べる。ケチャップやソースで口を赤黒く染め、チャーハンを口一杯かき込む。勢いあまって喉にご飯を詰まらせればそれをスープで流し込み、口直しに酢の物を摘まんではジャーマンポテトもどきを口にする。それを繰り返してある程度腹が満ちてくると徐々に食事のペースがゆっくりとなった。
「むあー、よくイタリアンとかカフェに行くけどやっぱご飯だよねえ。やっすいオーガニックカフェとか行ったらさ、草しか出ないし草食系と草食勘違いしてんじゃないの」
「なにそれ。草生えるわ」
「んぐ。にくは、あむ。生えないのか?」
「食べながら喋んないで汚いから。それに肉生えるとかホラーで草原不回避だから」
「すまん。しかし確かに米はいいな。麺も好きだがどうにも腹持ちの良さや食べごたえは米には敵わん」
 六つ子の中でも高燃費で大食いなのは十四松だ。しかし彼の存在で目立たないが、筋肉量の多いカラ松とランニングで体作りをしているトド松もそれなりの燃費者だ。彼らにしてみればカフェ飯(笑)なんて前菜みたいなものである。
「だがトド松。いくら米がうまくて偉大でもオムライス六人分相当は多くないか?」
 大皿にいっぱいだったオムライスは三人によって大分減ったが、それでもまだ二人分は残っている。
「だって僕、六人分の分量しかわかんないんだもん」
 ふく、と拗ねたように膨らむトド松の頬を苦笑しながらカラ松がつつく。そこまでなら微笑ましい光景だが、そんなものは要らないトド松は容赦なくカラ松の手を叩き落とす。
特別不器用ではないトド松の料理の腕はそれなりだ。しかし失敗を恐れるために応用力はまだまだで、今日ケチャップを変えたのはトド松なりに大進歩であったりする。
そんな、失敗が嫌なトド松が母親から六人分のレシピを教えてもらったらどうなるか。
「それは……六を三で割ったら二人分の分量が出るんじゃないか」
 カラ松の言葉にトド松の顔が強張る。その様を見ないようチョロ松は中華スープを啜りながらテレビをつけた。
 トド松とは対照的にカラ松は料理の応用力はきっと兄弟一番だろうに、どうしてこういうことに頭が回らないのか。チョロ松はそう思ってならず、スープに入った細切り長葱の歯応えを楽しむ。
 このスープはカラ松オリジナルで、それ自体具材は長葱と鷹の爪、味付けは市販の調味料とシンプルなもの。しかし炭水化物が多い今朝の品揃えならシンプルな方がバランスが取れて良い。あるだけ食べ、胃もたれなんて気にもしないが、食べるならやはり良バランスがいい。
 チャーハンもカラ松が作ったもので、トド松が作ったオムライスがあるからと卵は使用せず、残り物のじゃこと鮭フレーク、サラダ油ではなく胡麻油を使って海鮮風に仕上げた。これがトド松なら何がなんでも卵と挽き肉を入れる。それが松野家定番のチャーハンだから。
 これ、トド松に教えてくれないかなカラ松。僅かに残ったチャーハンを取り皿に移さず、そのまま皿からかき込みながらチョロ松は満足そうに鼻息を荒くした。
「このチャーハンすごい美味しいんだけど」
 こういうときはちゃんと褒める。褒めておけばカラ松はまた作ってくれるし、トド松もカラ松へレシピを教えてもらうに違いない。
 予想通り、少しだけ顔をしかめたトド松が小さな声で「あれ教えて」とカラ松のパーカーを引っ張った。トド松は応用がきかないが教えてもらった料理は忠実に作り上げることができる。遠からずトド松お手製の海鮮風チャーハンにありつけるかもしれない。
「確かに僕のオムライス多いだろうけど、寝てる人たちを考えて余分に作ってるんだから」
 だからこの大きさは僕の愛情の大きさなの。
 黒目がちな目がアピール過剰にウィンクをする。ものは言い様であるとチョロ松は思うが、カラ松は感心したように大きく頷いた。どうしたもんか、カラ松はこういうことに関しては誰よりもチョロい。
 その会話は終わり、焼きそばを頬張るトド松の顔には酩酊するような幸福感が滲む。それにカラ松は嬉しそうな顔を返す。兄弟ながら可愛いやり取りだとチョロ松は二人の顔を見比べる。そうしてはひどく愛おしく感じる。言っておくが決して変な意味ではない。兄弟間ではそう珍しくはない感情のそれである。
「そういやカフェといえばこの間トド松が連れていってくれたカフェのライ麦パンのサンドは良かったな。あれなら俺も満足できる」
「でしょ? あそこのサンド、ライ麦なのに厚めにカットしてて具材も溢れるくらいだからいいんだよねえ」
「あの生ハムとトマトのやつ、マヨネーズたっぷりのアボカドペーストと一緒で好きだ」
「僕はポテトサラダサンドかなー。タマネギとキュウリ多いのにべちゃべちゃじゃないし、塩気あっていいんだよね」
 結構食べたのにまだ食べ物の話をするのか、と呆れつつ、何だかんだでこいつらは相変わらず仲が良いのだとチョロ松は感じてならない。
 何かと兄面したいカラ松は勿論だが、痛いダサいと言いつつもトド松はカラ松と連れ立って出掛けることは珍しくなかった。だからカフェに二人で行くことも珍しくはないのだろう。
「タマネギとキュウリは予め塩振って水気を取って、食べる直前に混ぜればべちゃべちゃにならないぞ。すぐ食べるなら家でもできるんじゃないか」
「ほんと? カットしてないライ麦パンなら駅近くのドイツパンのお店に売ってるし、今度作ろうよ!」
 そこは自分一人では作らないのか。チョロ松は内心突っ込むが、台所に立つ時は決まって二人だからそんなものなのかもしれない。
 そんなトド松の言葉にカラ松は大きく頷く。トド松に関しては断言できないが、カラ松に関しては兄弟と共に何かをするのが嬉しいから二人で台所に立つのだろう。肉好きで尚且つボリュームあるものを好むがバランスを考えて献立を考えることができ、そして応用もできるカラ松なら一人で料理する方が何かと良いのにわざわざトド松と一緒にするなら相当なのだろうとチョロ松は考える。
 そして断言できずとも、トド松も少なからずカラ松と共に台所に立つことを好ましく思っているに違いない。彼は捻くれてはいるが一松に比べたらずっと素直で、嫌な物事に関しては利益がない限り徹底的に関心を持とうとしないから。
 やはりこの二人は何だかんだで今でもニコイチで、それを好ましく思う程度には仲が良いのだろう。

 そんな事実は今更なのだが、チョロ松は二人の様子に愛しさを深めるばかりだった。