落ち着くのは暫しの熱を要する

 布団の中で微睡んでいると、部屋の外の賑やかさに思わず瞼を開けた。
 夜戦に行っていた連中が帰ってきたのか。夕餉後に出陣したので、起きている内に帰ってくると思ってなかったのだが大分早い帰城だ。順調に任務を終えたか…誰か重傷になったから早くの帰りなのか。そんな嫌な展開が過り、思わず飛び起きる。
 夜戦へ出たのは六振り揃って修行を経て更に強くなった刀剣ばかり、夜戦であってもそう易々と負傷などしないだろう。重傷者が出ての帰城は考えにくい。それに、重傷者がいたら手当部屋の準備もあってもっと騒がしいはずだ。
 まあ、重傷者の有無が気になるならば実際見てみれば良いだけの話だ。そう考えると同時にオレの手は羽織に伸びていて、眠気が覚めたばかりの重い体をゆっくり動かして薄暗い縁側へと出た。
 すると後ろから誰かが勢いよく突っ込んできて、油断しきっていたオレの体は呆気なく飛ばされる。それでも辛うじて受け身を取れば、黒い塊が圧し掛かってきた。
その黒は知ったものだったが未だ見慣れない長谷部の戦闘服で、見上げれば色素の薄い藤色の瞳が爛々と輝いている。
「………これは早いお帰りで、圧し切り様」
「正三位は随分なお出迎えだな」
 見下ろしてくるのは同室の長谷部であり、今夜の夜戦に組まれていた刀剣の一本でもある。
「お前が言うな。こんなところで怪我したなんてあんまりだろ」
「仕方ないだろう……あまりに順調に行き過ぎて消化不良なんだ」
「へえ?」
 順調ねえ、だから帰りが早かったということだろうか。圧し掛かってくる長谷部の恰好も、よくよく見れば夜戦帰りにしては綺麗なものである。
 長谷部の様子に負傷者はいないようだと安堵していると、顔の上に白いものが降ってきた。一体何だろうと手に取ってみればそれは桜の花弁で、現在の景趣を思い出しては首を傾げそうになる。今は主の住まう時代の季節に合わせて藤の景趣だったはずで、降ってきた花弁はどう見ても藤の花弁には見えない。
 桜の花弁はどこからやってきたのか。そんな疑問を抱いていると、顔に何か柔らかいものが触れてきて再度見上げる。すると視界一杯に長谷部の顔があり、驚きの声を上げる前に彼の唇で口を塞がれた。
「何して」
「消化不良だと言っただろ」
 唇を離した長谷部の背後から、止めどなく桜の花弁が降り注ぐ。それは刀剣男士ならばお馴染みのもので、長谷部が未だ臨戦態勢であるのがわかった。
「………やあお前さん。その状態は辛いのはわかるし無茶なことを言うかもしれないがまずは落ち着け」
「貴様だって、無茶なお願いだとわかって言っているのだろう」
 力強く胸倉を掴まれて引き寄せられると、長谷部は無遠慮にオレの唇を舐めてくる。その舌の熱いこと、奴の素肌に触れたらきっと溶けてしまいそうなくらい熱いに違いない。
だがオレはそれを確かめることはせず、力任せに長谷部を押し返す。すると意外にも奴は呆気なく圧し負かされ、オレの下敷きになるように床へ倒れこむ。
 はらりと床に散った短い髪に花弁が絡む様はとても惹かれたが、それでは長谷部の思う壺だとぐっと堪える。
「オレは冷たい床を温める趣味はねえんだ」
「それなら布団まで行けば良いではないか」
 押し倒されたというのに、長谷部はにやりと笑ってはオレへ手を伸ばす。
 それを受け取りはしなかったが拒否もできないオレは、花弁を散らす長谷部を抱きかかえて部屋へと入るのであった。