明日の現代遠征に向けて荷造りをしていた日本号に、同じく荷造りをしている長谷部が不意に提案した。
「俺がお前に結婚指輪をつけてくれないかと頼んだら、つけてくれるか」
「断る。装飾品は首飾りで十分だし、慣れねえもんを手につけたくない」
「まあ、そうか。そうだな」
即答した日本号に長谷部は特段気にする様子なく、荷造りを再開する。
結婚指輪とはまた突然な。なんて思いながら手を動かしていた日本号だったが、先程のやり取りを思い返しては長谷部に顔を寄せた。
「今のは求婚か?」
目の前には真顔の日本号がいるというのに、彼の口から出た一言の奇妙さに長谷部の手が止まる。そうして先程の己の発言がとんでもない誤解を引き起こしていることに気付いて、慌てて訂正する。
「いやいやいや! 違う! そういう意味で言ったんじゃない!」
「ならどういう意味で言ったんだ」
結婚指輪はそういう相手に対してつけてもらいたいものだ。それ以外に何があるんだ。
日本号が率直な疑問を口にすると、長谷部は大きく息を吐いた。
「俺とお前、二振りで現代遠征すると高確率で恋人同士だと勘違いされるだろう」
「まあ、そういやそうだな」
「そのせいで変に気遣いをされて、こちらも要らぬ気遣いをしてしまうことも多い」
「そんなもんかね」
「俺はそうなんだ。だから任務に集中できるよう、どうすれば恋人と勘違いされないか考えたのだ」
「その結果が、結婚指輪と?」
「片方だけが指輪をしていたら、ひとりは既婚者、指輪をしていないもうひとりは独身の同行者に見えるだろう」
長谷部の説明に日本号は考えるように明後日の方をちらりと見ては、またすぐに長谷部へ視線を戻す。
「理屈は分かったがどうして俺がつけるよう提案したんだ。お前さんが勝手につけちまえば良かっただろう」
「俺と日本号、どちらが婚約者が居そうかと考えたらお前だろう?」
「……そいつは暗に、老け顔とでも言っているのかね」
「まさか。女受けが良いのはどちらかと考えての結果だ」
「はあ。女受けねぇ」
顎髭に手をやり考える日本号だが、どうしても自分より長谷部の方が女受けは良いだろうと思ってならない。
だが、そのような感性は個人差がある。長谷部がそう思っているならば彼の中ではそうなのだろう。
「ーー長谷部は職業柄指輪を外さないといけないからつけていないだけで、日本号と長谷部は婚約関係だと勘違いされそうだけどなぁ」
二振りの間にそんな一言が割り込んできて、声がした方へ振り返る。
「…………どういうことだ、厚」
「言ったまんまだけど。いるだろ、そういう人」
厚は日本号や長谷部と同じく明日の現代遠征の一員であり、今まで一緒に荷造りしながら彼らの会話を聞いていた。
確かに厚の言う通り、職業上の理由で指輪をしていない人間はそう珍しくない。
「いるかもしれないが、俺達を見てそう思う奴はいないのではないか」
「今まで指輪つけていない時は恋人と勘違いされていただろ? それが片方だけ指輪つけていたら婚約者か……最悪不倫相手と思うんじゃないか?」
「不倫だと……!?」
「オレとしては長谷部も日本号も不倫するような質じゃないって思っているから、婚約関係だと誤解されてほしいとこだけどな」
にっ、と笑う厚に、長谷部は喜怒哀楽が不明な珍妙な表情を見せる。
どうやら自分の提案は良くなかったらしい。少なくともそう考えていそうだと判断した日本号は、この話は終わりとばかりに荷造りの手を早めた。
荷造りを終えると、次に洋服選びのため政府から用意された目録へ目を通す。先程まで一緒に荷造りをしていた厚は早々に服選びを終えたので、残っているのは日本号と長谷部だけだった。
目録を眺め、装飾品の項目へ差し掛かる。
「結婚指輪、試してみるか?」
装飾品の指輪一覧を見ながら日本号が切り出す。そんな彼に長谷部は一瞬驚いたが、すぐに投げやりに鼻で笑う。
「厚が言ったろう。婚約者か不倫相手だと思われると」
「あくまで厚の見解だろ。もしかしたらあんたが考えた展開になる可能性はあるし、試してみてもいいんじゃねえか」
「日本号……」
最初は断ったというのにこちらの意見を汲んでくれるのか。そんな彼の思いやりに長谷部は仄かな感動を覚える。
こういう奴だから婚約者がいるなら俺より日本号なんだ。長谷部は内心頷いて、己の目利きに感心する。
「ただ、試すのは良いんだが、指輪はお前さんが選んじゃくれないか」
「俺が選ぶのか?」
「こういうもんに疎くてな。どんなもんが似合うかも分からないから、あんたに選んでもらいたいんだ」
「……俺が選ぶのは別に良いんだが、自分が好ましいと思ったものを選んで身につけた方が良いのではないか」
日本号は普段から身につける装飾品は少なめだが、そのどれもが拘りのものだ。一時的な現代遠征でつけるものではあるが、自分が見て選んだ方が良い気がする。
そのような考えからの長谷部の一言だったのだが、日本号は緩く笑いながら首を横に振る。
「この指輪はあんたに選んでもらいたいんだ」
「まあ、二度もそう言うなら……」
結婚指輪をしてほしいと提案したのは長谷部だ。言うなれば日本号には提案に付き合ってもらっている状況だった。指輪を選んでほしいと願うならそれくらいはした方が良い気がしてきて、長谷部は指輪一覧をじっくりと見つめ直す。
眺める長谷部の眼差しは真剣そのもので、日本号はその様子を見ては満足そうに笑っていた。
翌日、遠征先で日本号が「御刀に選んでもらった」とご機嫌で左薬指の指輪を厚に自慢しては、長谷部を混乱させるのであった。