へし切長谷部はその性分故に、いわゆる「空気を読めない」振る舞いをすることがあった。
分かりやすいところで己の主以外の人間には配慮が足りない物言いをするところだが、兎に角思ったことを口に出すことが多い。
それでも流石に何年も刀剣男士として過ごしていけば配慮も必要とわかってきた様子もあったが、これから日本号と体を繋げようとしている場面にも関わらず長谷部の口は止まらない。
「昨年秋以降に入った刀剣男士達の育成強化期間の真っ最中だが、打刀連中の錬度が伸び悩んでいるらしくてな。主が思い切って夜戦に出るか、手堅く厚樫山辺りで経験を積むかの二択まで絞り込んでいたんだが、」
「すまねえな長谷部。その、、もうちょい色気のある話はないかね。気分が乗らねえならやめるんだが」
「どちらでも良いぞ。お前がしたいならしようじゃないか……育成の話、気にならないのか?」
「気になるのと、色気があるかどうかは別だぜ」
新入りの打刀といえば長谷部にとっても日本号にとっても昔馴染みである安宅切が含まれている。もし今が酒を飲み交わしているような場面だったら日本号だって話に乗っただろう。せめてこういう状況になる前に切り出してくれたらと、日本号は愛撫に伸ばしていた手を引っ込めてその場に胡坐をかいては笑った。
「それで、何かあったのかね」
「どうしてわかったんだ」
「そりゃあなあ、伊達にお前さんと体を繋げるような関係じゃねえってことさ」
日本号が案外に気が付く性質であるのは、こうして同衾するようになってから初めて知った。長谷部からすれば戦場でも酒を飲んでいい加減だと思う瞬間は多少あるものの、酒を飲もうとも失せない聡明さがある。そして新入りや刀剣男士とは縁遠い一般人ともすぐに関われる程度の人当たりの良さがあり、刀剣男士の例にもれず容姿端麗ときている。色恋に疎い自覚のある長谷部でも日本号は恋愛対象として引く手あまた思うのだが、どういうわけか長谷部を好きだと言っては同衾を望むのだ。
長谷部としてはそういう気はなかったのだが、逆に断る理由もなかったため逢瀬を重ねるようになってしまった。
きっかけは今でも覚えている二年程前のこと。その日、長谷部と日本号は同部隊で出陣していたが、主の都合で途中帰城となってしまった。優先すべきは主命、そうわかっていても戦場で煽られた興奮はすぐに冷めず、このまま解散するのも惜しいという日本号が酒瓶を抱えて長谷部の部屋へ訪れた。特に予定もなかった長谷部はひとつ返事で了承し、盃を交わして、そうして言葉を交わした。
戦略のこと、互いの近況など、他愛のないことばかりだったが、楽しく会話をしていたところに、不意に会話が途切れた瞬間があった。話題が尽きたなど、そういうわけでもなく。たまたま、長谷部と日本号が閉口したタイミングが重なっただけなのだが、偶然やってきた沈黙に空気が変わったのを長谷部は感じた。空気を読むことに関して疎い長谷部ではあったが、隣の日本号の眼差しに戦場での興奮や酒によるものとは明らかに違う熱を見つけてしまった。
酒で程良く緩くなっていた思考回路は一気に冴え、長谷部はそ知らぬふりを決め込んで新たな話題を捻出した。日光が博多に助言をもらって幸せ貯金なるものを始めたこと、加州が珍しく近侍でやらかしたなど……最寄りの万屋で何故か文具が安売りされているだとか、最近飲んだ酒で何が美味かったか。思いつく限り話題を振って日本号の意識を逸らそうとしたが、場の空気はなかなか変わらない。
会話の合間に日本号の注がれる視線や仕草に、長谷部は堪らず立ち上がった。
「あまり飲み過ぎては明日に残る。そろそろ解散しよう」
長谷部が床に置かれた空の酒瓶を拾おうと手を伸ばした時、一回り大きな日本号の手が掴んできた。その手は酔っているにしてもあまりに熱くて、長谷部は固まってしまう。
「もうちょい、いいんじゃあねえか」
続けて名前を呼ばれ声を上げる余裕すらなくなってしまった長谷部はあれよあれよという内に床に腰を下ろしていた。
呼吸が聞こえる程近くで捉えた赤みを帯び始めた日本号の目は強烈で、抵抗の念は湧き起らない。日本号の眼差しが、手が、唇が、長谷部の全身をなぞっていく。それに対して長谷部は相変わらず固まっていたが、ふと、この行為で自分に不利益になることは特にないと気付き、結局最後までしてしまった。
二年前ということは、そういう関係を約二年は続けているわけだが、我ながら長く続いていると長谷部は改めて思う。誘うのは毎回日本号の方だが、長谷部は一度も拒否することはなかった。拒否する理由がないといえばそうなのだが、それにしたって断らないのかなど、他人事のように疑問を抱いている。
話は戻り、長谷部と日本号は布団の上でそろそろ本番というところで長谷部の空気の読まなさが炸裂した。だが、長谷部だって脈絡なく先程の話をしたわけではない。
「誰からとは言わんが、俺が戦略について口を出し過ぎだと、反感を買ってな」
長谷部は思ったことを口に出してしまうことが多い。それは主や近侍に対しても同様だった。流石に主の考えを否定するようなことはしないが、考えを聞いた上で意見することは多い。
「そんなこと、今更じゃねえか」
否定してもらいたかったわけではないが、一切のフォローもしない日本号に長谷部は思わず笑ってしまう。だが、笑っている長谷部に反して日本号は不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「意見のすり合わせは大事だろ。別にお前さんは誰かの考えを否定したいわけでもなく、より良い方向に持っていこうとしているだけ。誰かの顔色窺って黙っているよか良いだろ」
「……なんだ、珍しく怒っているようだが」
「ああ、怒ってるよ。長谷部をそんな風にしか見てねえんだから。この本丸のへし切長谷部は修行から帰ってきて錬度も上げた実力者のひと振りだっていうのにわかっちゃいねえ」
ふん、と鼻息荒くそっぽを向いた日本号に長谷部は一言も返さない。
先程まであれだけ話していたというのにどうしたんだ。我ながら少々大人げない発言をしたと思っていた日本号は気まずさを覚える。
「なんだよ、急に黙りこくって」
「いや。まさかそんなこと言われると思わず、驚いて」
日本号が視線を戻すと、言葉の通りに長谷部が驚いた様子で目を丸くしていた。
「貴様、なんていうかその、……俺のこと、好きなんだな」
「今の発言聞いての感想が、それ、なのか」
「まあ、うん。体を重ねるのが大丈夫だから悪しくは思われてないだろうと考えていたが、想像していたより、好いているんだと」
「おいおい、言葉にするな……恥ずかしくなってくるだろ」
本当に羞恥心を覚えているのか、仄かに頬を赤らめた日本号は俯く。そんな姿に長谷部はまた驚いたように瞬きを繰り返した。
「体を重ねるのだってその場の勢いで始めたから、そういう好意云々はあまり関係ないのかと思っていた」
何度体を重ねても、長谷部と日本号の間にはわかりやすい「愛の言葉」が交わされることはなかった。もしかしたらそういう意図があるのでは、と思われる日本号の発言が何度かあったにはあったが、その場の雰囲気に流されてかと、長谷部は思っていたのだ。
だが、それはどうも違うらしい。
「流石に、それはちょいと酷い言い様だな」
確かに、嘘でもいいからもう少し言い方というものがあった筈だ。思ったことを後先考えず言ってしまうことなんて無数にあったというのに、じわじわと後悔の念が沸き起こってくる。
そんな長谷部の心情を知ってか知らずか、俯いていた日本号が声を上げて笑った。
「まあ、正直に言ってくれた方がいい。むしろ、そう思っているのに受け入れてくれたのが有難いくらいだ」
ゆっくりと伸ばされた日本号の指先が頬を撫で、じっと見つめてくる。体を重ねる際に日本号が必ずする仕草で、その藤色の目が好きだとよく言っていた。それ程に黒田と縁深い藤が好きなのかと思っていたが、その認識も違ったらしい。
これまでの認識が徐々に長谷部の中で修正されていき、その場の空気が急激に冷えたのかと錯覚する程に顔が熱くなる。
長谷部は空気を読めないが、きっかけがあれば省みることくらいはできる。
血流が早くなったのか、胸の鼓動が大きく鳴る。加えて視界が光が点滅したようにちかちかとし始めてきて、動揺に体が震えそうになる。
「長谷部?」
日本号が不思議そうに長谷部を呼ぶ。途端にぞわぞわと痺れのような錯覚に襲われて俯いた。
「どうした」
「どうも、ない」
「顔上げちゃくれねえか」
「上げる。少し待て」
日本号が黙る。ということは待ってくれるということか。そう判断して安堵しかけて……頭上すぐ近くで日本号が見つめてくる気配を感じて動けなくなる。そして、初めて自分達が体を重ねた日のことを再び思い出す。
当時の日本号もこんな感じだった。言葉にこそしなかったが、視線や仕草で己の想いを訴えかけてくる。
あの時から、日本号は俺に好意を伝え続けていたんだ。
見逃していた様々なことに気付く度、長谷部は自分がどんな状況なのかわからなくなってきた。
どうしよう、どうすれば落ち着けるか。そう考えるばかりで、自分が日本号に好意を向けられている事実を拒否する意思がないことにまったく気付いていなかったのだった。