創作者というものはなにかと表に出せない趣味や嗜好を持っている場合が多い。それは全ての創作者に当てはまることではないが、ミステリー小説家として有名な松野一松も公に出来ないことがあった。
しかし一松本人はそれがあるからといって苦悩することはなく、むしろ人生が潤っているくらいだった。
最近、お気に入りの漫画がある。
これ面白いから読んでみてくれ!と、あのクソ営業から勧められた少女漫画雑誌に連載されているギャグ漫画だったのだが、これがたいへん面白いのだ。メインキャラはある商店街で生活し働いてる六人の男。男ばかりとはいかにも女性に受けそうなキャスティングなのだが、この六人が揃いも揃ってクズで童貞設定があるのだ。そんな六人がメインの漫画は最早少女漫画の薄革を被っただけの際どいギャグで、俺は一巻読んだだけですぐにハマってしまった。
それにしても、漫画買う時は未だに恥ずかしいな……表紙だけなら少女漫画だし。割高なっても通販利用しようかな。いや、あの漫画ならクソ営業に頼んで買っても…いや、借りになったら嫌だからどうするかな。
話が逸れた。あの漫画のいいとこはギャグが面白いだけじゃなく六人のキャラがそれぞれ個性があるところだ。そして六人全てクズなのだが、それぞれタイプの違うクズだからネタに富んでいるのだ。これは作家としても感心する。強い個性があるのばかり出すとまとめるの大変なんだよね。最近おそ川の奴らをネタにショートショート連載してんだけど、なかなか上手くまとまんなくて毎回締切ギリギリになるんだよね……どうせ俺なんてコミュ障引き篭もり作家ですよ、個性の強い奴らの上手い扱いなんてわかんないから。
ほんの少しだけ沈んだ気持ちに、漫画のあるキャラクターがちらつく。それはメインキャラのひとりであり、よく「締切ギリギリまで伸ばしてもらうクズな俺」と自虐したり「進捗ダメです」と脱糞未遂、「人に会いたくないから漫画家なったのにサイン会なんて」などとと悩んだりする卑屈な少女漫画家。同じ創作者として共感を覚えることばかり言うので、漫画家メインの回は胃が痛くなるのだが、仲間意識を感じてしまって憎めないキャラだったりする。
まあ、少女漫画家も好きだけど本命は花屋なんだけどね。
この漫画には鉄板ネタがいくつかあり、そのひとつに卑屈になる漫画家には自己愛の強い花屋の男が絡んでくる、というネタがある。この花屋の男がなかなかであり、振る舞いはイタさがありながら時折神対応をするのだ。それは漫画家が卑屈になってるとよくあることで、俺は紙面の中の漫画家と一緒に「神かよ」と心の涙を流したものだった。こんなの好きになっちゃうだろ絶対。
そんなネタを見てゆくと次第に花屋の男が漫画のいい嫁にしか見えなくなってきた。だって卑屈になってる漫画家を救ってくれるなんて絶対好意寄せてるからするんでしょ!? 卑屈になってる友人を救うオレ……!と悦に浸る程度にはクズみあるキャラだけど、鉄板になるほど神対応してくれるなんて好意ないとできないから花屋絶対漫画家のこと好きでしょ俺は詳しいんだ。イタすぎてブーケのセンス最悪だけどそいつも愛嬌だと思えば可愛いものであるクソカワ。サボテンと薔薇でブーケ作ってもらったら俺なら尊さに涙するから。
そして花屋もなかなかだが漫画家も漫画家だ。漫画家は花屋を「クソ松」と呼ぶくせに内心神格化してるのなんなのツンデレかな愛情の裏返しとか行き場のない想いに苛ついた結果の呼び名かな好きな子にイタズラしてしまうガキ臭さおいしいなおい。
脱線してないかって?いやいや、ギャグが面白いから好きなのは勿論だけど、それと同じくらいこの二人の関係性が好きで漫画読んでんだよ。意識してか無意識かわかんないけど、このふたりの関係性確立したミネット先生も神かな好きです。
お陰様で今まで知識としてあっても関心持たなかった腐向け作品が好きになっちゃいましたよね。まあ腐向けといっても少女漫画家×花屋限定だけ、オンリーワンってやつだ。罪深いねこのふたりとミネット先生は。
こんな風に支離滅裂気味だが、只今ミステリー小説家松野一松は少女漫画家×花屋、通称「少花」というカップリングにハマり、創作投稿系SNSに登録してそのふたりを取り扱う二次創作を読みあさっていたりする。所謂「腐男子」である。そうしてSNSで作品を読みあさるだけでなく二次創作の知識を得た一松は、同人誌と同人誌即売会なるイベントがあることを知った。
知ったからには少花の薄い本が欲しいと思うのは仕方ない。しかし自分は腐男子という微妙な立ち位置の存在……しかしもっと多くのいちゃいちゃする少花が見たい。欲を言えばシコい少花も見たい。その熱烈な思いが引き篭もり気質の一松を動かし、なんと同人誌即売会に一般参加を決めた。そして万が一巷で話題の転売屋に間違われないように少女漫画家の格好をして、作品のファンであることをアピールした。謀らずもコスプレデビューまでした一松の手にはサークルチェックしたメモと作家さんへの差し入れが入った紙袋が握られており、どこからどう見ても彼は立派な一般参加者となった。
目的のスペースに行く途中で、猫背で袢纏を羽織った男とタンクトップにネクタイ姿の男、という、どこかで見たようなふたりがいちゃいちゃしているポスターを見掛けたが、一松は兎に角少花でいっぱいいっぱいでひたすら歩き続けた。
そうして辿り着いた少花サークルが集まるスペースを見ては感動に身震いした。
勇気出して来て良かった、こんなに少花好きな人いるのが現実なんだ。
感動に震えどころか泣いてしまいそうになるのを抑えて早速本を買おうとスペースの一列を眺めると、グラサン姿の男が目に入った。
まさか、いや、ここには俺と同じようにコスプレしてる人が結構いるし、ここは少花スペースだからグラサンをかけた花屋コスの人がいるはず……そう思ったが、どこからどう見ても知り合いの姿であり、思わずその名を呼んでしまう。
「……カラ松?」
騒がしい会場ではかき消されてしまうほど小さな声で呼んだはずだった。それなのに彼ははじかれたように一松の方へ視線を向けた。そいつは間違いなく、一松の家へよくくるおそ川の営業、松野カラ松だった。
「一松先生!?」
クソ営業の癖にやけに良い声が勢いよく俺を呼ぶと、その勢いのまま抱きついてきた。その瞬間、何故か周りから歓声が上がった。いや、俺は少女漫画家のコスプレしてるし、クソ営業も花屋っぽい格好してるから少花だって思われてんのか。リアル少花とか超見たいんだけどいやいやそれよりクソ営業がここにいるってことはつまりそういうことだろ?
一松はすかさずカラ松を抱き締め返すとそっと耳元で囁く。
「………俺、今日は少花買いに来たんだけどあんたは?」
「!! 俺も少花だ先生!」
「近くで大声やめてくんない……サークルチェックリストとか、作ってたりする?」
「勿論あるが……それがどうしたんだ?」
「ここで同志見つけたら共闘するのが手でしょ」
言いながらカラ松からリストを見せてもらうと、結構な数のサークルが被っていて一松はマスクの下で笑わずにいられなかった。
普段はこいつと趣味被るなんてごめんだけど今だけは助かる。
「俺は右端から、あんたは左端から順に互いの欲しい本を買っていってチェック被ってるとこは二冊買う、こうすればひとりより効率良いでしょ。この作戦に乗る?」
「天才か先生……勿論だ!」
「だから大声はやめろって……じゃあ早速リスト書き写して買いに行くよ」
まさかこんな場所で出会い、しかも相手も腐男子だったとは。そんな衝撃の展開だったのだが、それ以上に同志と出会えた奇跡による感動の方が上回り、ふたりは颯爽と戦地へと向かった。
その後、戦利品を抱えたふたりは一松の住まいへと駆け込んだ。戦利品を堪能するためなのは勿論だが、同じ少花好きと出会えたのだ。語りたいところである。
「あの漫画が好きなのは知っていたが、まさか先生が少花好きだとは……」
「それはこっちの台詞。そんな素振り全然見せなかったじゃん」
「流石に言えるわけないじゃないか」
「まあ、そっか」
腐男子より圧倒的に多い腐女子たちも隠れているのだ、営業だってそうそう正体を明かさないだろう。
まさか出会えるとは思ってなかった少花腐男子との会話はとても盛り上がった。一松は勿論、カラ松もなかなか少花語りができなかったらしい。これでもかというほど互いの少花妄想を語り合っては、妄想力を褒め合い、少花尊いと身悶えた。
暫くそれを繰り返していたのだが、不意にカラ松が神妙な顔をして一松へ顔を寄せた。
「先生を信用できる少花好きと見込んで、ある秘密を共有したいんだが、どうだろう」
「……秘密と少花好きは関係ないんじゃ……」
「それがあるんだ」
「へえ……よくわかんないけど、秘密っていうなら誰にも話さないけど、なに」
「実はな、少花のふたりにはモデルがいて……それが原作者のミネット先生とその友人なんだ」
「マジ?」
「営業で行った本屋で偶然会ったんだ……あれは誰が見ても少花だった……ちなみにミネット先生の友人というのは花屋さんだという」
「生少花……!?」
なる程。生少花はとても魅力的だが相手は生身の人間、そう易易と色んな人にバラしてはいけない。しかし、そんな事実を知ってしまえば誰かに話したくなる。きっとカラ松は誰かに話したくてウズウズしていただろうし、俺がその立場なら同じ心境になると一松は納得する。
「良かったらふたりに会わないか?」
「え、」
「花屋に行けば高確率でミネット先生もいるからすぐに会えると思うぞ」
「なにそれすごい少花なんだけど……いや、でも見ず知らずの俺が行くのは不審がられるでしょ」
「そこはミネット先生の漫画のファンだから、オレを通じてひと目会いたかったと言えばいいだろう。漫画が好きなのは事実だろう?」
「まあ、そうだね。カップリング抜きなら本屋でフリーダム発揮する花屋とハタキで追い払うもアバラ折られる店員ネタとか好きだし、」
「オレは作中にパンダを入れることを強いられてる少女漫画家なんか好きだぞ」
「パンダスケッチに行った先にいた飼育員やばいよね」
「あいつはヤバいな。腐向けの話題を抜きにしても語れるなら大丈夫、先生なら自然と振る舞えるさ」
そう言うとカラ松は所謂クソ顔で一松に微笑みかけた。いつもの一松ならば舌打ちのひとつでもするのだが、今の彼には頼もしい笑みにしか見えず、ふたりは肩を寄せ合っては堪えきれない笑みを浮かべた。
翌日、一松とカラ松は揃って街に繰り出していた。目的は勿論生少花に会いに行くためだ。
「急に行って大丈夫かな」
「念の為、朝花屋に電話して確認したから問題ないぞ」
「よく花屋の電話番号知ってるね」
「一松先生が万が一、花を題材に話を書くことになったらこちらの花屋を利用したい。と言ったら快く教えてもらったぞ」
「あんた悪い人だな」
「嘘ではないぞ、実際そうなったら利用するつもりだ」
「じゃあいつか花をネタに書こうかな」
「そいつは少花抜きにして楽しみだ……やはり書くならミステリーか?」
「どうかな、あんま花詳しくないし、」
話の最中、どこかでカラ松を呼ぶ声が聴こえて一松は立ち止まる。すると隣にいたカラ松がある方向へ手を振っていたので、一松はそちらへ視線を移す。
「よぉ、カラ松!」
そこにはまさに漫画から飛び出したのではないかというほど、少女漫画家と花屋にうり二つな男性ふたりが並んで出迎えてくれていた。
揃ってお出迎えとか見せつけてんの?ねえ?見せつけてんの?
「やぁカラ松!」
「花屋さんにカラ松って……あっちもカラ松?」
「フッ……花屋とオレは同じ名前なんだ」
「推しが同名って複雑じゃないの?」
思わず耳打ちして聞いてしまうと、カラ松は相変わらずのクソ顔を見せる。
「愛し愛される存在と同じ名前だということにどうして複雑な心境になる?」
「あんたそういうとこあるね」
ふと、ミネット先生らしき男性と花屋の男性の視線がこちらに注がれているのに気付き、慌てて頭を下げる。
「は、ハジメまして、松野一松と言います」
「こちらこそ初めまして、噂はよく聞いてます」
「ううう、ウワサ?」
そう花屋のカラ松が言うと、隣にいたミネット先生が笑みの形に目元を歪めた。噂がすごい気になるけど生少花展開してるのは見逃せないなにその微笑みあってんの結婚してるんですかあんたたち夫婦なの?三次元になったらどうかとちょっと不安になったけど全く問題無いわ、むしろ推しカプを前に正常でいられるかの方が問題だ発狂しそう。
「その、一松先生の隣にいる営業のカラ松さんから色々聞いてまして、ねえクソ松」
リアルでもクソ松言ってんの?あまりの衝撃にクソ営業が俺の話してる事実が彼方にいっちゃいそうなんだけど取りあえず締め上げるのは後にしよう。
「そうなんですよ!あと、オレとミネット先生、一松先生のファンなんで会えて嬉しいです!」
ふたりが俺のファン??リップサービスにしてもおかしくない?
「ファンだなんて、そんな気遣いは……」
「猫戦争シリーズ、店の二階の住居スペースにあるの持ってきましょうか?それとも連載中のおそ川ショートショートの切り抜きスクラップでも……」
「いや、いいです……その、ありがとうございます……」
おいおいおいおいリップサービスでもなくちゃんとファンなのかよ!そんな話聞いてねえぞクソ営業!!思わず訴えるように隣の営業を睨み付ければ、これでもかというほどの綺麗なウィンクをされた。なにサプライズのつもりか?そういうのいらねえから事前に教えて心の準備させろや!!
殴る代わりにクソ営業を鋭く睨みつけていると、花屋がくすりと笑ったので我に返る。
「いや、僕の方こそミネット先生の漫画のファンで……会えて嬉しいです」
そうしてがっちりと両手でミネット先生に握手していると、何故かクソ営業が服の端をちょいちょい引っ張ってきた。
「一松先生、初対面でそんなに熱心に握手されたらミネット先生がびっくりしてしまうぞ」
その一言にハッとして即座に手を離す。しかしそれはミネット先生に遠慮したものではなく、花屋に配慮したものだった。
だって初対面の男が大好きな先生の手をがっちり握ってるなんて絶対嫉妬モンでしょ?花屋の性格考えたら嫉妬とは縁遠そうだけど自覚なしにもやもやしてたらそれはそれでおいしいけど折角の出会いで不機嫌にはさせたくない。
「ヒヒ、コミュ障なもんで距離感掴めないんですよすいませんねぇ」
そう自嘲してる時、花屋の手がそっとミネット先生の二の腕に触れた。
なにその触れ合いまさかマジで嫉妬した?流石に嫉妬するか否かは半分ネタだったんだけどマジ少花なの?これは少花だわクソ営業が脚色してるわけじゃないのねしんどいぞ紹介してくれてありがとうございますカラ松様。
再びカラ松様に視線を向けると小さく首を傾げたので、彼も思うところは同じなのだろう。少花に関してはこいつととことん合いそうでしかないし、この状況を早く語り合いたい。
「おっとぉ!もっと話したいとこなんだが一松先生はこれから用事があってな、失礼するぜ」
用事なんかあったか?クソ営業の言葉に首を傾げる間もなく腕を引かれてしまう。そうしてカラ松の顔が耳元へ近付いてきて一言、
「話のネタが新鮮な内に語ろうじゃないか」
「はっ……お前も見たの?」
「ああ、バッチリな」
同士だけあってなかなか観察眼がある。こいつは帰ってから楽しみだ……いや待てよ、たった数分でこんな濃厚な生少花が見られたのなら、俺の話をする程度にふたりと交流あったカラ松はもっとたくさんの絡みを見たに違いない。きっと俺の知らぬところで萌えに狂い悶えていたのだ、ずるい。俺も狂い悶えたい。
ついつい腕を引っ張ってきたカラ松の腕を払って平手を飛ばせば、彼は臆することなくへらへらと笑う。本気ではない平手が意味するところは流石のカラ松もわかっているらしい。
それならば帰宅してから覚悟しろよ?これまで体験した生少花エピソードを全て話してもらおうじゃないか。
◆◆◆
「先生……ついに生小営見てしまったな……」
「俺と握手してる様に嫉妬した営業が袖を引っ張って密かに訴え、先生もそれを察して手を離したと……ショートショートで半同棲だったのもなかなかだったけど、本物はすごいわ」
創作者というものはなにかと表に出せない趣味や嗜好を持っている場合が多い。それは全ての創作者に当てはまることではないが、多いというだけあって決して珍しいことではないのだ。