へし切り長谷部は冬の刀剣。などと一部で言われているらしい。だが、それは冬の季節に強いというわけではないようだ。
自分は他の男士に比べて寒さに弱いらしく、冬の寒い時期に入ってからというもの毎日のように寒さに体を強ばらせている。日中はシャツの中に主からいただいたヒートテックなる肌着、ズボンと靴下の下には裏起毛のタイツを着用している。そんな俺が一日の中でも特に寒い夜を毛布と羽毛布団だけで耐えられるなんてできず、12月に入ってからは寝る前に同室の日本号を布団へ引っ張りこんでいた。雪山で遭難したら人肌で温まるのが一番だなんて言ったもので、日本号を湯たんぽにしながら毎晩温かさを確保しては心地好く眠りに就いている。もう夜はあいつなしでは俺は駄目かもしれない、なんて割と本気で思うくらいだ。
しかし、俺と布団を共にする日本号はそうではないようだ。
自然と眠りが浅くなってきた朝方、布団の温もりに微睡んでいる俺はひやりとした空気を感じた。しかしそれは一瞬の出来事で、すぐに布団の温もりが身を包む。
どうやら日本号が起きたようだ。
二振りがひとつの布団で寝るようになって数日経ったが、それ以来日本号は早起きするようになった。当初は俺と寝るのが嫌なのかと思ったが、毎晩布団へ誘う時に彼は嫌な顔をしなかった。そもそも嫌ならきっぱり断る奴なので、俺と寝ることについて不満はないと思っている。
そのため、俺は早起きするようなった理由を聞いてみたことがある。
「お前さんと寝ると暑くて早く目が覚めるんだ」
「……冷たいの間違いでは?」
発汗するほど着込んで寝ると寝冷えの原因になるとのことで、寝ている間は過度の厚着と寝具の使用はしてない。確かに日本号一本で寝るより暑いだろうが、眠りを妨げるほどだろうか。だが、日本号がそう言うのだからそういうことなのだろう。
それなら誘いを断って一本で寝ればいいというのに、と思いつつも暖を求める俺に付き合って一緒に寝てくれてることが少しだけ嬉しくなってしまったりしたものだった。
そんな暑がりな日本号は一足先に起きると、最初に部屋に置いてある火鉢に火をつける。寒さになかなか布団から出られない俺ができるだけ早く起きられるよう、こうして部屋を暖めてくれる。これで今朝も俺は寒さで苦悩することなく準備ができる。
「日本号」
布団から顔だけ出すとぴりりと空気の冷たさを覚える。それに一瞬だけ怯みながらも日本号の名を呼ぶ。
「なんだね、まだ布団を出るには早いぜ」
「知ってる」
室内が冷たいのはこの肌をもって体感している。こんな寒い中、出て行こうなんて考えていない。
「まだ布団から出ないが、外はどうなっているかと」
「外?」
「昨夜、雪の予報だったんだ」
本丸内はシステムにより降雪の調整はされているが、門の外はそうもいかない。雪が多ければいつもより早めに起きて除雪をする必要がある。
だからといって部屋が暖まるまで、俺は布団の中で留まり続けるのだが。
顔に感じる寒さに耐えかねて頭まで布団を被り体を丸めて保温体勢になると、日本号がそろそろと引き戸を開けて部屋を出ていく音が聞こえた。
顔でも洗いに行くのか。こんな寒い中では水もたまらなく冷たいだろうに。寒さの耐性とは関係ないというのに流石日の本一の槍、と思ってならない。
布団の中の心地良い温さにほっと息をつく。これが暑いとは彼はそんなに暑がりだっただろうか。ごろごろと寝返ると被っていた布団に髪の毛が貼り付く感覚を覚えては「ぱち」と静電気が弾ける音がした。
そうして暫く布団の中でじっとしていると微かな音が聞こえてきた。それは目覚まし時計の音で、もうそんな時間かと再び顔だけを布団から出す。そろそろ布団から出て準備を始めないといけないようだ。
まだ室内が暖まりきってない予感がしたが渋々布団から這い出て畳に手をつくと、予想外の冷たさに飛び上がりそうになる。そうして布団に逃げたいのを堪えながらゆっくりと立ち上がる。まずは靴下を履かなければ、足下が冷えてしまうと体全体もすぐに冷えてしまう。箪笥から靴下を出し素早く履くと、残りの衣類をかき集めて火鉢の近くへ駆けていく。そうして暖かな火鉢の近くに着替えを広げた。冷たいままの衣服に袖を通してしまったら布団で温めていた体が冷え上がってしまう。
着替えを温めつつ火鉢の前にしゃがんで暖をとる……ああいけない、準備しないといけないのに。
しかしなかなか暖房から動けない。まあ、あと数分くらいなら支障ないだろう、多分。
そんなことを考えていると部屋を出ていた日本号が戻ってきた。引き戸を閉じる彼は裸足で、見ているだけで寒くなってきそうだ。まったく、こいつの感覚はどうなっているんだ。信じられない。
「今朝は布団から出るのが早いな。もしかして外を確認しに行くつもりか」
「ああ」
「気にしていたからついでに見に来たぜ、雪なら結構積もっているなあ」
出陣する前に誰かが雪かきしないとなあ。と呟く日本号に口からはつい溜息が出てしまう。
今日は非番、雪かきをするなら自分のような者であり、寒さに耐えるところを追い打ちかけられた気分になってくる。しかし気象についていくら恨んでも自然現象がこちらに関心を向けるわけがない。
雪かきするのを想像するだけで寒くなってくるようで、思わず自身の肩を抱き込んで丸まる。すると頭上から杯が現れた。
「なんだったか……はにー……、温めた牛乳に生姜と蜂蜜を混ぜたやつを厨からもらってきた。腹ん中から温まるらしい」
「料理番は相変わらず朝早いな」
湯気を燻らせる杯は見るからに温かそうで感動すら覚える。そんな杯を受け取ろうと手を伸ばして、それを持っていた大きな手の白さに手が止まった。
大きな手は日本号のもので、よくよく見れば青紫色に染まる爪先に俺の手を添わせると、先程掌を襲った畳の冷たさを感じた。
「……寒くないのか」
「起き掛けよりましだな」
それはそうだろうが、この手の白さと冷たさで「まし」と答えるのもどうなのか。思わず両手で杯ごと彼の手を包む。
「なんだ、飲まないのか」
「朝餉の準備をしているところ用意してもらったものだ、勿論飲む」
飲まないなんて勿体ないが……これは俺が飲まなくたって良いよな。
「………と思ったが、これはお前が飲んだらどうだ」
「甘いのはあまり好かねえ」
「……そうだったな……それなら俺がありがたくいただこう」
未だ冷たい日本号の手から杯を受け取り、熱さに気をつけながら一口中身を飲む。遠慮なく使われている生姜の風味と牛乳と蜂蜜の甘い味が口内を占め、少し熱めのそれはじんわりと体を温めてくれるようだった。
「あったまる……」
「そいつは良かった」
そう一言日本号は俺の隣にどっかりと座ると、太くて大きい腕で抱き締めてきた。
「……何してるんだ貴様、熱いものを持っているから危ないだろう」
「ましだと言ったが、やっぱ寒いもんは寒い」
「俺だって寒いんだが……布団に入ったらどうだ?」
「布団は熱すぎる」
「全く……だからって何故俺なんだ」
「お前さんは丁度いい温さだからな」
なんだ、毎晩俺がお前を湯たんぽ代わりにしている仕返しか? それならせめてこれを飲み終わってからにしてほしい、と思う反面、先程の手の冷たさを思い出すと仕方ないと思ってしまう。それでもこれでは身動きがとれないので日本号の腕をぽんぽんと叩く。すると予想外に腕が温かくて不思議に思う。よく見れば先程はあんなに白かった手がほんのり赤くなり始めている。
「寒いと言う割に温かそうだな」
「霜焼けだ」
「は?」
「水が冷たすぎて霜焼けになってきてんだ」
霜焼け?まさかな。信じられない気持ちで顔を窺えば手同様に鼻と頬を真っ赤にした彼がそこにいた。思わず手を伸ばして触れてみると、赤さに似合わぬ冷たい感触。
温めるように頬を撫でてやると日本号はくすぐったそうに小さく首を振った。
「寒いなら部屋が暖まるまで布団に入っていろ」
「……ん」
布団は暑いがここで俺を抱き締めて温まらないと判断したのか、すぐに腕を解いた日本号は俺を引っ張って布団へ向かっていく。
「俺と一緒だと暑いんじゃないのか」
「暑い方が手っ取り早く温まるだろ。雪かき出るためにも付き合え」
そうか。早く雪かきに出ないと出陣する者が苦労することになるからな。
そういうことなら仕方ない。日本号がこうやって布団に引きずり込むのも仕方ない。そんなことを思いながら俺は半ば突撃するように日本号と共に布団へ入ったのだった。