告白

「好きだ」

 黒田の家で再会した槍に、告白された。

「へし切、好きだ」
 今日も今日とて、その槍……日本号は俺に好意を伝えてくる。まるで朝の挨拶のように、顔を合わせれば「好きだ」「慕っている」と口にする。そんな槍に俺は圧倒されて、何かしら理由をつけて話を逸らす毎日を送っていた。
 日本号と初めて出会ったのは俺がまだ織田に在った頃だった。正直、慕われる程交流はなかったと思う。そもそも日本号が織田にいたのはほんの少しの間だったから、交流があったこと自体怪しいところだ。日本号には言えないが、その辺り記憶に残っていない。
 だからこそ、俺はどうして日本号に好かれているのか不思議で堪らない。
「なんで俺なんかが好きなんだ」
「なんかとはなんだなんかとは。俺が惚れた奴だぞ、そういう風に言うのは自分のこととはいえ見過ごせねえ」
「話を逸らすな」
「……好きな理由かね。色々あるが、まあ……一目惚れだな」
 好いている理由を語るのは、毎日告白する日本号でも恥ずかしかったのか。はにかみながら話す奴に思わず固まってしまう。
 一目惚れとは。まさかの理由に驚きながらも一目惚れならば交流の有無は関係ないと納得する。それにしても一目惚れか。帝から足利、織田と渡ってきた日本号ならば見目美しいものは沢山見てきただろうに。
「悪趣味だな」
「重ね重ね失礼な奴だな」
「俺はそう思うんだ。仕方、ないだろう」
 信長という男が所有した刀ということで黒田での扱いは非常に良かった。そのためか、その刀身を褒めるものは日本号に限らずいた。そう、一目惚れのような、簡潔かつ熱烈なことを言われたことは流石になかったが、見目形が好ましいと言われることは今までもあったのだ。
 だが、一目惚れだと話す日本号に反論したくなるのはどうしてだろう。

 ある日、日本号が散歩に誘ってきた。場所は城からも見える外濠で、壕を縁取る草木にはぽつぽつと花が咲き始めていた。そんな春の足取りを感じられる光景を眺めていると、横に並んでいた日本号がこほんと小さく咳払いをした。
「あんたが何が好きなのかわからなくて、まずは身近で良さげなものを選んでみた。花は好きか?」
「好きか嫌いなら、好き、だろうか。甘い香りも好きだ」
「そうか。好きか」
 こちらの顔を覗き込みながら口の端を弛めて笑う。それは頼もしい家臣の槍とも、気高き正三位のどちらとも言えないもので、何故だか俺は目を背けた。
 なんだか、見てはいけないようなものを見てしまった気分で、それを誤魔化すように地面に近いところに咲いていた小さな花を凝視する。別に花に今の心境を教えてほしいわけではない。日本号の顔を見なくて良い状況ならば、見つめるものは何でも良かったのだ。
 そんな俺の動揺を知ってか知らずか日本号は話を続ける。
「また、こんな風にあんたについて聞くと思う。その時は教えてくれると、嬉しい」
 日本号の顔は見たくないが、どんな顔でこの話をしているのか気になってくる。それでもやはり花から目を離すほどの余裕はなく、風に揺れるだけで変化のない花を眺め続けるしかなかった。

 そんな毎日を俺は日本号と共に何年も何年も過ごした。
 百年以上経っても日本号は飽く様子なく俺に告白してきた。そんな奴に俺は告白に多少慣れてきたものの、返事についてはのらりくらりと躱してきた。返事について日本号は求めてくることはなかったので、こんな毎日がこれから先もずっと続くと、どこかで思っていた。

 ある日、日本号が顔を見せなかった。そんなことは約百年振りで、俺は否応にもそわそわと落ち着かない気分になってくる。
 今日は日本号からの告白がないな。そもそも姿を見ていないから近くに訪れていないようだ。
 いや、別に告白を待っていたわけではないのだが、毎日あった告白が突然なくなると気付かない方がおかしいというものだ。まあ、あいつとは所有者が違うのだから来ない日があっても不思議ではない。むしろこれまで欠かさず告白に来ていた方が不思議なのだ。
 それに最近、奴が在る住まいが騒がしいと風の噂で聞いた。どうしても離れられない事情があるのだろう。

 さて、そろそろ来るか。いくら奴の住まいが忙しくても一週間もすれば一度は顔を見せるだろう。そろそろ、そろそろ来るだろう……

「そろそろ、」
 不意に出てしまった呟きに、しまったと口元を押さえる。一瞬のことだったが聞かれてないかと周囲を見渡すと、同室で所蔵されている日光が露骨に顔を顰めた。そんな表情に、呟きと思った一言が存外に大きかったことに気付かされる。
「そろそろ、なんだ」
「別に」
「別にというには落ち着かないではないか。何か待っているのだろう」
 じっと見つめてくる日光は正直苦手だ。日本号と違って目を逸らそうならば強引に目線を合わせてくる奴だ。それに加え、下手に取り繕えば揚げ足を取られることもしばしば……ううん、「別に」なんて日光相手には最低の返しだった。こんな返しでは何かあると言っているのと同義ではないか。
 相変わらず俺を無遠慮に見つめてくる眼差しに、素直に最近日本号の姿を見ないことを気にしていたと明かす。すると日光が目を丸くするものだから、今度は俺が日光を見つめる番となった。
 俺が日本号を気にしていることが意外だったのか。しかし、そんな事で日光がこのような反応をするだろうか? 覚えた違和感に閉口していると、日光はゆっくり深呼吸すると話し始める。
 奴にしてはらしくなく囁くような小さな声が、信じられない内容を話す。それは要点を押さえた非常に手短いものであったのに、まるで理解ができなかった。

 いつか日本号と一緒に眺めた壕を散歩する。そこには人どころか精霊の姿もなく、風に舞う葉と共に飛び立つ水鳥を見ては視線を落とした。
『日本号が借金の形で取られた』
 日光の一言が過る。所有者が抱えていた借金の形として、よりによって日本号が選ばれたのだ。
 よりによってどうして日本号が選ばれてしまったのか暫し考えたが、奴は刀剣に詳しくない素人が見ても素晴らしい大身槍であった。持ち出した奴にどれだけの教養があったかは知らないが、すっと伸びた反りのない穂先に見事な倶利迦羅龍、細工細かな螺鈿の柄を持つ日本号は見過ごせなかったに違いない。
 日本号が取られてしまった理由はよくわかる。それに、俺達刀剣の所有者が変わること自体珍しくないことも、知っている。そこは俺自身経験しているし、人よりも限りなく永い時を過ごす刀剣には避けられないことであるとも思っている。
 そう納得している筈なのに、仕方ないと片付けるのも違うような気がするのはどうしてだろう。それこそ、過去に一度、日本号とは疎遠になった経験もしているというのに。

 時代が流れ、俺は変わらず黒田の元にいたが、東京へ住まいを移していた。そこには数が減ったものの馴染みの連中がおり、決して不自由しない日々を送っていた。それでも時折思い出すのは日本号のことで、福岡城周囲とはまるで違う東京の景色に奴はどんな感想を持つだろう、なんてことを考える。
 人々が忙しなく行き交う様子を尻目に、俺は住まい近くにある梅の木々の下を散歩する。赤い花はすっかり散ってしまったが、代わりのように枝を彩る葉が陽を浴びて輝いていた。そんな様子に綺麗だと感動を覚えると同時に、日本号はどう思うかと考えて、思わず俯いた。
 日本号の面影なんてすっかりなくなってしまったというのに、これが百年以上告白された結果なのだろうか。ずっと一貫していた告白は俺の本身に染み込んでしまったのか、ふとしたきっかけで記憶の端から顔を出す。その事実に気付くと共に、自身が苛つきに似た心境を覚えていることにも気付く。
 思えば一方的に告白をし続けていながらいきなりいなくなるとは、いくら所有者の都合とはいえ理不尽ではないか? きっと当時の日本号にとっても晴天の霹靂だったとしても、そう思わずにいられない。
 告白するばかりで俺の気持ちはおいてきぼりか。あれだけ告白してきて、俺が何も思わずにいるとでも思ったのか。
 苛々が止まなくて、地面を落ちている梅の枝を蹴る。日光や安宅切辺りに見つかると面倒だが、これくらいは見逃してほしい。今だけだ、今だけだからと再び枝を蹴り上げる。
 蹴り方が良かったのか枝は存外に遠くに飛ぶ。その様子を見て、日本号ならばどんなことを言うのだろうとまた考えてしまい、俺は遠くの枝を凝視するしかできなかった。

「へし切」
 ある日突然、日本号が目の前に現れた。
 これは幻か? そう思うくらい唐突の登場で固まっていると、目の前の日本号が咳払いをひとつ、口の端を弛めて笑った。笑顔はずっと前に見たものと酷似しており、とうとう俺は知らない内に幻を見るくらい日本号の告白を引き摺っていることを自覚してしまった。
 これは流石に重症じゃないか。どうしてこうなった? もしや告白の返事をうやむやにしていた罰か? 果たして誰がそんな罰を与えるのか。そんなことを思っていると、目の前の日本号が抱き締めてきた。
「好きだ」
 微かな圧迫感を覚えながら広い胸板に身を預ける。
 幻の日本号も告白をするんだな。まあ、記憶する日本号はずっと俺に告白してきたのだ。幻だって告白してくるか。
「お前はずっと俺へ好きと伝えるが、俺とどうなりたいんだ?」
 ずっと気になっていたこと。告白してくる日本号は一体俺とどうなりたいのだろう。好きと伝える割に俺からの返事を強要しないから、どういう目的で告白するのかよくわからないのだ。
「……どうなりたいと聞かれても、その。うまく説明できない」
 それはそうか。この日本号は俺が見る幻、俺が知らないことをこの日本号が答えられる筈がない。
 こんなことなら告白されている内に一度でも目的を聞けば良かった。それこそ聞く機会は百年ほどあったのに勿体ないことをした。そう後悔するが、もう日本号はいないのだ。
「でもな、オレはあんたが好きなんだ。あんたをずっと、ずっと、愛しているんだ」
「そうか」
 理由がなくても、目的がなくても、俺を好いてくれるなんて都合が良すぎないか。流石は幻といったところか。都合が良くて、都合が良すぎて笑えてくる。
 俺は毎日告白してくる日本号が嬉しかった。ずっと変わらず、変わらぬ想いを伝えてくれるのが嬉しかった。
「難しく考えるな。オレはあんたが好きで、愛している。それだけなんだ」
 大きな手が俺の頭を撫でる。百年前も撫でられたことがなかったというのに、幻は俺をとても甘やかしてくれるらしい。その手を払う事なく受け入れていると、頭上から小さく笑う気配がして胸が高鳴るようだった。

 数分後、俺は日光の前で項垂れていた。そんな俺の隣には日本号が並んでおり、そいつはどう見ても幻ではなく現実の日本号だった。
「久々の再会で早くへし切に会いたいのはわかるが、せめて上のものたちに挨拶してからにしないか」
「へいへい」
「返事は一度」
「わかったよ」
 顔を見なくてもわかる拗ねた声音は懐かしさと羞恥心を覚える。普通なら羞恥心を覚える場面ではないのだが、今に至るまでの流れを思い出すと居たたまれなくなってくる。
 幻だと思っていた日本号は、なんと黒田に引き取られた本物だった。それを知ったのは抱き締められて頭を撫でられているところに日光がやってきた時で、思い出すだけで全身が燃え上がるようだ。
「反省しているようならこちらからは以上だ。存分に再会の時を楽しむが良い」
 日光の言葉に顔を上げると、既に奴はこちらに踵を向けて離れていくところだった。みるみる内に小さくなる背中に絶望に近い心境を覚えていると、横から俺の名前を呼ぶ声がした。
「へし切、今戻った」
「……それは好きより先に言うことじゃないか」
 俺が日本号を幻だと勘違いした要因のひとつは再会の一言が一切なかったからだろう。普通なら先程のように「戻った」だの「久しぶり」から挨拶を始めるべきじゃないのか。
 それに何年振りの再会だと思っているんだ。いくら刀剣としてこの世で過ごしてきた月日に比べたら短い期間だったとしても、俺は待ちに待ったというのに。
「あんた見ていたら言いたくなっちまったんだ」
 言いながらへらりと笑う日本号に、これでもかというほど全力で顔を顰める。お前は日光に言われたことだけじゃなくて、その突拍子のない告白も反省しろ。
 その告白のせいで俺はずっとずっとお前を忘れられなかったというのに。
「もう一度言わせてくれ。あんたが好きだ、へし切」
「そうか」
「その返し、相変わらずだな」
「それはお前もだろう」
 顰め顔のまま日本号を睨み付けると奴は更に破顔する。わけがわからない。どうしてそんなに優しく笑いかけるんだ。そんな顔をするから俺も調子に乗るのだ。