この本丸には、週末のみに編成される遠征部隊がある。
「じゃあ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい御手杵殿。土産話をお待ちしております」
その部隊に組まれる刀剣はその時々で違ったが、部隊長には必ず御手杵が選ばれた。そうして遠征先で何をやるのかといえば一日かけて周囲を練り歩いた後、その場の名産品があれば土産に買って帰るだけの任務。
部隊長に相応しい実力者だが、どうして御手杵ばかりが? それに遠征の目的は? そんな疑問は既に語りつくされた話題であり、暫くすれば口を出す者はいなくなっていた。
だが、その経緯を知らない新入りには週一で組まれる御手杵部隊は不思議で堪らない存在であり、顕現して日の浅い日本号もそう思っている一本であった。
いつもの様子で御手杵を見送る蜻蛉切の脇を、日本号が肘で軽く小突く。
「……? どうした日本号殿」
「どうしたってなあ、あんたは変に思わないのか?」
「変、とは?」
「………すまねえ、言葉足らずだったな。御手杵の奴、頻繁に部隊長に選ばれては意味の分からねえ遠征ばかりやらされているのに、あんたは何の疑問を抱かないんだ」
あんただけじゃなく、ここの奴らみんなそうだ。そう呟いて首を捻る日本号に蜻蛉切は苦笑する。しかしそれは今更な話を掘り返された。といったうんざりした気分からのものではなく、同情から思わず浮かんだ笑みだった。だが、日本号は呆れられたと不機嫌そうに口を尖らせる。
そんな彼の様子にしまったとばかりに蜻蛉切が眉の端を下げる。
「日本号殿が抱いた疑問はかつて様々な刀剣男士が通ったもの。そう思うのは当然であって、自分もそうだった」
蜻蛉切が顕現された時には既にこの不思議な習慣があり、日本号と同様の反応をしたものだった。だが、日本号も、かつての蜻蛉切も決して御手杵を軽視していたわけではない。むしろ認めていたからこそ、三名槍の一本である彼がよくわからない任務をしているのが気になったのだ。
「ところで日本号殿。御手杵殿の伝説は知っているか」
「伝説? ……というのはあれか。鞘から抜いたら雪が降るとか、参勤交代の先頭に立たせると雨が降るとか、そのような話のことかね」
「ああ。流石に彼が雨降らしの槍として語られているのは存じていたか」
「そりゃあ面白い逸話だしな、一度聞いたらそうそう忘れはしないだろうが……それがどうしたんだ」
オレの疑問と雨降らしの伝説は関係ないだろう。そう言いたげな様子の日本号に蜻蛉切が応える。
「御手杵部隊が向かう遠征先は時代も場所もばらばらだが、干害による飢饉が深刻化しているという共通点がある」
「へえ?」
不機嫌そうな顔が僅かに驚きのものに変わり、形の良い眉がぴくりと跳ねる。そうして徐々に日本号から不機嫌の陰りが無くなってゆく様子に、蜻蛉切の顔に笑みが戻った。
「遠征の目的は雨乞いか」
「そして、参勤交代の再現のために御手杵殿が部隊長になる必要がある」
「成程なあ……だが蜻蛉切、飢饉から救うのは時代改変になるんじゃないか」
飢饉は避けたいものだが、それもなくてはならない歴史の一部だ。恵みの雨を降らせて飢饉を阻止すれば多くの人間を助けられるだろうが、それは歴史修正主義者と同様の行いをしていることとなる。
「ええ。そのため、御手杵が雨を降らすのは歴史修正主義者により人為的に干ばつにされた場所のみとされている」
さらりと言葉を返す蜻蛉切に一瞬納得しそうになった日本号だったが、脳内で彼の言葉を反復しては内容のおかしさに気付いて無言で蜻蛉切を見つめる。
「どういった仕組みかは自分も説明できないが、この本丸の景趣と同じ要領で天気を操っているそうだ」
「ああ、まあ……敵さん方も政府と同じ時代の人間だから、局地的な日照りくらいはできるんだろうな」
説明されたところできっと仕組みなんてわからないだろう。二本は同じ思いなのか、揃って乾いた笑いを上げる。
「それにしても、それならそうと先に言ってくれたら話が早えもんだがなあ」
「遠征の目的は御手杵殿には内緒なので、知った者は極力話題にしないのです」
驚きに蜻蛉切を見つめる。という行為をこの数分で何回やったのだろう。頭の端で他人事のように思いながら、日本号は驚きを誤魔化すように顎髭を撫でる。
御手杵は雨乞いのために遠征へ行く。だが、その御手杵は遠征の本当の目的を知らない。どう聞いても矛盾していることに日本号は顎に手を添えたまま固まってしまう。その様子に彼の動揺が見て取れて、蜻蛉切は説明不足だったと言葉を続ける。
「刺すことに拘る御手杵に、主が気遣って明かせないのです」
「まあ、武器としての能力を買われての部隊長じゃねえからなあ。それに、いくら雨降らしの伝説があるからといって、必ず降るわけでもないものに縋っているんだろ? 降らない日が続けば流石の御手杵も気を病ませるんじゃないか」
「それが日本号殿、御手杵殿は一度たりとも雨雲を逃したことがないので杞憂というものだ」
「……そいつはたまげたな」
針の穴を通すが如く。と言ったのは御手杵だったな。ふと、そんなことを思い出しては日本号は笑うしかできない。普段からよく刺すことしかできない。と言いながらも、彼の実力は「刺すこと」だけに収まらないものがあり、雨雲にも容赦なくそれが発揮されているようだ。
「聡い御手杵殿のこと、気付いていながら知らない振りをして遠征に出ているかもしれないですが」
「そんな器用な奴かあ?」
「三名槍の一本である日本号殿ならば、心当たりはあるのでは?」
自分はそうです。そうきっぱり言う蜻蛉切に、日本号は一切の異議はなく「まあな」と返しては頭を掻いた。
槍身は突きに特化したわかりやすいものだというのに、人の身を得た御手杵はわかりやすいようでいてどこか一筋縄ではいかない雰囲気がある。それはまるで、槍らしからぬ不思議な伝承を持つ槍身のようだと今は思えてくる。
「疑問は解消されたか」
「納得の遠征だ。ただ、御手杵の謎は深まった気がするけどな」
「それは自分も同意です」
そのような会話をしていても、当の御手杵は部隊の者と呑気に談話をしながら帰ってくるのだろう。その姿は想像するに容易く、二本は彼の土産話を期待するだけにした。