強風吹き荒れ草木舞う中、日本号は長谷部を抱きかかえて歩いていた。
服や髪は乱れに乱れ、ひどく土がこびりついているのか、全体的に煤けて見える。もはや飛んできた草木が髪に絡みつくことなど些細に思える。周囲は手向の酒が間に合わないほどの骨が転がっている。他は緩やかな坂があるだけで、ここで過去に合戦があったのだけは知れた。
日本号と長谷部は主の命により一泊二日ほどの短い遠征に出ていた。内容は歴史修正などまったく関係ない、ただのお遣いだった。そのため、ちょっとした小旅行のようだと日本号は喜んだものだった。
それがどうして土まみれの状況になったのか、帰りの道中に時間遡行軍と歴史看督分隊の戦いに巻き込まれたのだ。更に詳しく説明すれば、歴史看督分隊が日本号と長谷部を時間遡行軍の仲間だと勘違いして襲ってきたという、とばっちり極まりない話である。
「……朝食もまだだというのに、とんでもない目にあったな」
腕の中で文句を垂れる長谷部に一言も返すことなく、日本号は早足気味に歩んでゆく。もう時間遡行軍も歴史看督分隊もいないのだが、ここに長居する意味もない。遠征目的も昨日の時点で終わっていたし、早く帰るに限る。
「朝食に関してはあんたが『早く帰って主に報告しなければ』なんて言って、時間を惜しんで食べなかったせいだろう」
「何事もなければもう本丸に着いている時間帯だ。こんな筈では……折角、宿屋からおにぎりまで貰ったというのに」
朝早くに宿を出ようとする二振りに、少しばかりだけど腹の足しになればと宿屋の女将が握り飯を持たせてくれた。しかしそれは誰の口に入ることなく、戦いの最中にどこかへ落としてしまった。
「おにぎりも気になるが、こんなに服が汚れてしまうとはひどく不快だ」
「それを言やあオレもなんだがねえ」
「だからなんだ。不快なことには変わりないだろう」
ふん、と鼻息荒くそっぽを向いた長谷部に、日本号を気遣う様子はまったくない。自分は抱えられて、彼はそんな長谷部を抱え歩いているというのに。
だが、日本号は長谷部はそれで良いのだと思っている。しおらしくされたところで気味が悪くて居心地が悪くなるだけだ。
「……それにしても、春間近だという風が冷たいな。戻ったらゆっくり風呂に浸かった後、熱燗でも一杯いきたいものだ」
「お前はオレか? ……それに、主に報告はどうした」
「勿論、主に会ってからの話に決まってるだろ」
髪を纏めていた紐が解けたのか、日本号の視界は前髪で遮られる。それをどうにか払おうと顔を振っていると、長谷部が代わりに髪を掻き上げて耳にかけてくれた。
「髪を下ろしていた方が若く見える」
「るせぇ。オレはこの髪型が気に入ってんだ」
「ああ、俺も気に入ってる」
「そう煽てるな。さてはオレに燗付けしてもらうつもりかね」
「してくれてもいいぞ。九頭龍で頼む。部屋にあるだろう?」
「よぉくご存知で……わかったよ、用意しよう。そいつに塩胡椒たっぷりで味付けした肉もつけてやろう」
「よくわかってるじゃないか。こんがり焼いたのにしてくれ」
「了解。他には?」
逆らうことのない日本号に、不快だ寒いと文句を続けていた長谷部の顔が明るくなってゆく。
「塩昆布のおにぎり。海苔はつけないでくれ」
「ういー」
熱燗に握り飯。些か聞かない組み合わせだが、無くしてしまった握り飯に未練でもあったのだろうか。そう考えると少しばかり可笑しくて日本号は笑いを堪える。
「他には何かあるか」
「着替え一式」
「そいつは用意しなくてもいいんじゃないか」
「なぜ」
「服なんざすぐにオレが汚しちまう」
さらりと言った日本号の一言に、長谷部は盛大に溜息をつく。
「もうこの話はよそう」
「嫌だね。ここで話をやめたらあんたも黙っちまうだろう」
日本号の口も、歩みも止まらない。それなのにまだ目的の本丸まで遠い。
腕の中の長谷部はつい先程まで日本号と話していたというのに、だんまりと口を閉ざしている。口どころか目も閉じられており、全身血で染まっている。そうして脚の半分が千切られたようになくなっており、日本号が歩く度にぽたぽたと血が滴った。
先の戦いに巻き込まれた際、長谷部は脚をごっそり持ってかれる程の重傷を負った。そのため歩行不可能になり、日本号に抱きかかえられていた。
「長谷部。長谷部、起きろ……しんどいだろうが寝るな」
鉄を彷彿させるほど冷えてゆく長谷部の体に、日本号は繰り返し彼の名前を呼ぶ。するとそれに応えるように長谷部の目が開き、藤色の瞳が日本号を捉える。
「………そう繰り返し呼ばなくても起きてるぞ」
「じゃあなんか喋ってろ。寝るんじゃねえぞ」
「ああ」
「本丸戻ったら手入部屋にぶち込んで手伝い札貰ってきてやる」
「主に報告、」
「オレがしてやるよ。お前さんが大層な働きをしたからオレは軽傷で済んでるってな。それが終わったら熱燗で一杯、飯にしよう」
「行動力の化身だったのか貴様、至れり尽くせりじゃないか」
「オレの機動力を持ってすればこんなものだ。あと、着替えもちゃんと用意するぜ」
そう自慢げに言って笑う日本号に長谷部も一緒になって笑っていたが、微かに睫毛を震わせて唇を噛んだ。
不満は口にしたが、痛いなどと一切言わない。これだけの大怪我なのだから痛い筈なのに、その振る舞いに日本号はどこか救われた気になる。
きっと、折れる寸前まで、彼は日本号に対してこのような振る舞いをする予感がする。他愛もない話をして、最期に主を想って砕ける。そんな気がしてならない。
「情けない顔をしてくれるな」
血と土で汚れた長谷部の手が日本号の頭を撫でる。
「俺は折れたわけではない。飛んでいった脚だって手入すれば元に戻る……それに、俺を折るのはお前だろう?」
「……ここでオレのあの発言を蒸し返すのかね」
情けなく歪んだ顔が一変、拗ねたような表情になる日本号を長谷部は面白がるようにがしがし撫でる。
「こういう時だからだ。俺はお前以外に折られるつもりはない」
相変わらず強風が吹き荒れている。しかしその合間を縫うよう、やんわりと春の日差しの暖かさが二振りに届く。その暖かさに日本号が小さく息をついていると、遠くから誰かが自分たちを呼ぶ声が聴こえた。その声のする方へ目を向ければ、こちらへ走ってくる刀剣男士たちが見えた。
どうやら、帰りの遅い二振りを迎えに来たらしい。