ひよこどものなれのはて

 スタンド能力とは実に様々で、時折何の役に立つのかわからないような能力も珍しくない。偶然なのか必然の内なのか僕らの仲間のスタンドは揃って実用性の高い能力を持っていたが、襲ってくる敵の中にはどうしてその能力で僕らに挑もうと思ったのか理解できない能力を持った者もいた。

「承太郎が恋じゃと?」

 だから有害とまで行かずとも珍妙な能力を持った者もいるわけだ。
 食糧品を揃えようとある町の繁華街へ訪れた先で承太郎がスタンド使いの襲撃に遭った。敵は初老の女性、それでも承太郎は油断するようなことはなかった。しかし場所が悪く、辺りを気にするあまりに攻撃を受けてしまったのだ。
 その直後に騒動に気付いた僕とアヴドゥルさんが駆けつけて返り討ちにしたのだが、問題はやはり攻撃を受けた承太郎であった。
「詳しくは順を追って話そう」
 クロスファイヤでスタンドもろとも敵を拘束してスタンド能力を聞き出したアヴドゥルさんがジョースターさんとポルナレフに説明を始める。
「その前に、当人の承太郎がいないのに話していいのかよ」
「承太郎に能力については伏せようと思っている」
 能力を受けての結果が結果だ。承太郎は気にするだろうが、伏せたことがいいこともある。
 まず承太郎のもとへいち早く駆けつけたのは僕で、その時はまだ承太郎はスタンド攻撃を受けてなかった。それなら場所が場所だけに戦いの場所を移そうとして……その最中に承太郎が攻撃を受けてその場に崩れた。
「承太郎!」
 かつて様々なスタンド攻撃を受けようとも戦闘を続けた承太郎が呆気なく倒れたとなると流石に焦りを覚える。倒れた承太郎の上半身を抱え上げて軽く体を揺すれば、彼はすぐに目を開けて僕を見上げた。
「花京院……」
 そして僕の名前を呼んだのでほっと一安心したのもつかの間、再び承太郎が目を閉じて気を失ってしまった。そんな彼に血の気が引くと同時に背後から爆発音が聞こえてきたので振り返れば、アヴドゥルさんがマジシャンズレッドと共に敵を拘束して。
 そして今に至る。
「敵のスタンド能力は気を失って目覚めた時に最初に見た者に恋をしてしまう能力『パンジー・インプリティング』というものだそうだ」
 要は孵化した雛が最初に見た対象物を親だと認識する、刷り込みのような能力らしい。
敵の戦略として、スタンド攻撃を受けた承太郎に自身を見せて従わせようとしたらしいが、幸か不幸か最初に見たのは僕だったわけで。
「それで承太郎に駆け寄った花京院を最初に見てしまって、花京院に恋してしまったわけじゃな」
「そうです」
 本体である女性があまり素早く動けなくて助かった。しかし、よりによって男である僕に恋してしまったなんて、だからこそ承太郎には伏せたい事実なのだ。
「幸いにもまだ承太郎はこの能力を知らない上に、まだ能力が発動してないようなんです」
「そういえば、恋をしたっていうのにさっき花京院と話していた時も変なとこなかったな」
 そうなのだ。あれから承太郎はすぐに意識を回復し、容態を伺うのに僕とも会話した。 だが承太郎は普段と変わりない態度だった。
「伏せたい理由のひとつはそれもある。能力が発動してないなら言う必要はないと思って」
 説明して変に意識させてしまうのも僕としては避けたくあり、それにはアヴドゥルさんも賛同してくれた。
「ただ、時間差で発動する可能性も考えてジョースターさんとポルナレフに話はしておこうと思ったんだ」
 万が一発動してしまい承太郎が誰かに恋してしまった場合、僕らがフォローしなければならない。彼のことだからトラブルになるような事態にはならないだろうが念のため。
「ふむ……じゃが、もし発動したらいつ解除するんじゃ?」
「それは……大体2、3日ほどだそうです」
「じゃあ場合によってはこの数日間ポルナレフに恋してしまうこともあるんじゃ……オーノー!」
「俺じゃあ困るのかよ!」
「困るじゃろ!お前さんは承太郎に結婚でも申し込まれたらどうするんじゃ」
「あー……そいつは困るかもなあ……」
 友人としては申し分ないんだけどな。なんて言いながらポルナレフは苦い顔をした。数日とはいえポルナレフに恋する承太郎なんて想像できないが、それが現実になると思うとある意味恐ろしいな。
「発動してなきゃあ問題ないんだろうけどなあ。そうなると花京院も気を付けた方がいいんじゃあねえか」
「……僕かい?」
「攻撃を受けたらしい時に最初に見たのが花京院だろ?さっきは普通に話せたけど、もしかしたらじわじわと恋心が膨れ上がって……なんてこともあるだろ?」
「それは、」
 あるかもしれない。
 敵の能力は未知数だ。可能性を否定できない。
「そうなると万が一能力が発動していても花京院、受け流してやれよ。数日で解けるとはいえギスギスはしたくないだろう」
「そ、そうですね……」
 アヴドゥルさんの言うこともごもっともだ。もし既に能力が発動していたとして、そこで変に拗らせることは望まない。
 しかし……大丈夫だろうか。
 先ほど普通に会話できたから一安心していたが、もしかしたら本格的に能力が発動してなかったなんてことも、あるかもしれない。もし、僕に恋してしまったとして、僕はどう承太郎に接すればいいのだろう。受け流す、といいのだろうが上手くできるだろうか。
それにスタンド攻撃によるものとはいえ、彼からの好意を適当にあしらうなんて失礼な気がする。しかし、もしも彼からのそのような、いわゆる恋愛的なアプローチを受けたらどうするか。ハグや手を繋ぐくらいなら大丈夫だよな、それくらいなら友好的な範囲だ…と思う。思うのだけど、どこまで許容していいのかやはりわからない。
 攻撃は受けてなければいいのに……そうであれば、余計な心配はないのに。

「遅かったな」
 怪しまれないように皆ばらばらに戻ってきたのだが、察しの良い承太郎は多くは語らずとも窺うようにこちらを見下ろした。
「そうかい? 少し露店を覗いていたせいかな」
 だが、こんなところで動揺はしない僕は何事もなかったように笑顔を返す。
「そうか」
 目を細めて未だこちらを見下ろし続ける承太郎に、ほんの少し緊張を覚える。普段と変わりない返しの筈だがどうした承太郎。
「なにか、あったかな」
「何かって、なんだ」
 つい、聞いてしまえば承太郎は訝しげに声を低くする。露骨だったか……しかし、どことなく気になる様子の承太郎もよろしくない……と思う。
 まさか、敵の能力が発動してしまった、のか?
「まあいい。むしろてめえが何かあったんじゃあねえか」
「僕かい?」
「その……俺が気を失っていた間、何かあったんじゃあないのか」
 ぎくり。内心、酷く動揺して、どうにか続ける言葉を探す。全く何もなかったわけじゃあないが僕やアヴドゥルさんに何かあったわけではない。だが、彼の中でなかなか苦戦した一戦になっているらしい。彼からしたら知らぬ間に気を失っていたのだから、その間に手をかけられたら…と思えば深刻な事態と受け取ってもおかしくはない。
「まあ、多少は苦戦した、かな」
 しかしそれも敵と対峙した時より今の方が苦戦しているのだけど。だが済んだこととしてしまえば話は追及されることはあるまい。
「そうか……世話になった。ありがとう、花京院。」
 そう言いながら承太郎が僕の頭を撫でてきた。いきなりのことにその手を拒否する暇はなく、さらりと髪の毛を流すよう撫でる彼の指先に飛び上がりそうになる。
 これは……これは、一体なんだ……もしかして、能力が発動した?発動してしまったのか?そうなればこの手を振り払うべきか……いやいや、これくらいなら友人間や仲間とのスキンシップの範囲だ。振り払うなんてあからさまに避けてます、なんて意思表示は良くない。
 そう悶々と黙って考え込んでいる間に承太郎が僕に向けて踵を返す。
「俺は先に部屋に戻る」
「え?」
「明日も早いんだろう」
「ええ、まあ」
 それはそうだが、あれ承太郎?考え込んでいた僕を余所に承太郎は何事もなかったかのようにルームキーをちゃりちゃりと弄びながら上階へと繋がる階段へと歩いてゆく。そんな承太郎を僕はただただ黙って見送っては、目が点になった。
「……それだけ?」
 その後、夕食に集まった際も僕は何度か承太郎の様子を窺がったが、普段通り黙々と食事を摂っては食後の一服を吸うくらいにして早々に部屋へ戻ってしまった。
僕との会話はあった。しかしそれは皆と話すことと同様の内容で、そのような色気なんて微塵もないものだった。どこをとっても彼はこれまでと変わりない様子だ。もしスタンドの能力が発動したら、一緒の席になればこれでもかというほどの熱視線を向けてくると思っていただけに拍子抜けし……いやいや、別にそう期待していたんじゃあない!別に用心していただけなんだ、別に……残念なんて、少しも思ってない。
 普段と変わりない。だから能力は発動していない。それは僕にとっても彼にとっても良いことである筈なのに。どうにもしっくりこない。

 承太郎がパンジー・インプリティングを受けて一週間が経った。流石にこの期間まで彼に変化がなければスタンド攻撃は不発だったと判断してもいいだろう。この一週間、結局承太郎はこれまでと変わりなかった。だがしかし、彼は変わりなくとも僕はこの期間、内心大いに緊張し、悶々としていた。
「承太郎」
「なんだ花京院」
 今夜の宿では同室。揃って部屋に向かう最中、僕は承太郎にある提案をした。
「僕とデートしないか」
「あ?」
「デートだよ。聞こえなかったかな」
 僕の言葉に、流石の承太郎も驚きに瞬きを繰り返す。そんな様子に思わず口の端が上がってしまう。
 あの能力のせいで僕はここ最近ずっと承太郎を意識して、そしてえらい振り回された。ほんの少しの触れ合いや会話に、色恋の類は潜んでないかと探りに探っては、大した意味もない他愛ないものだとしては脱力したことは何度あったか。落ち着いた今になれば非常に悔しい数日だったのだ。
 僕ばかり承太郎を意識して馬鹿みたいだ……君も少しは同じ思いを味わえばいい。
それくらいの気持ちだった。
「デートって何するんだ。こんな時間も場所もねえところで」
「町中に出ればお茶するところでもあるだろう?そこでお茶をしよう」
「お茶、か。普段もしてるだろ」
「それはただの寄り道。今回はデートとしてだ、趣向が違う」
「まあ……いいんじゃあねえか」
 普段やっていることだ。繰り返し承太郎がそう言う通り、出先で店に入るなんていつもしていることなのだ。
 ああ、デートと言ってしまえば少しは何か意識してくれると思ったが、やはり彼はいつも通りか。仕返しも仕返しにならなければすっきりせず、小さくため息をついていると承太郎に肘で小突かれた。なんだ、と彼を見上げては、そして歩みが止まってしまった。
「……だが、デート、なんだな」
「………う、うん。デート。デートなんだ」
「そうか。デートか」
 承太郎の歩みがいきなり速まり、僕を置いて先に見えていた部屋へ入ってしまう。ばたん、と勢いよく閉まるドアの音は近隣の部屋の利用者の迷惑になると、普段の僕なら思ったかもしれないが、そんなものは気にしてられなかった。
「なんて顔、してくれるんだ……」
 先ほど見上げた承太郎の顔は仄かに赤らみ、何か耐えるように目を細めてはその濃い睫毛を震わせていた。その姿は普段どころか今まで見たことない彼の表情で、そして初めて「恋」というものを彷彿とさせた。
 まさか、スタンド能力はしっかり発動していたのか……?それを彼はうまいこと表情や態度を隠していただけ、だったとしたら……承太郎ならやってのけるかもしれない。しかし今になって僕からダイレクトなアプローチを受けてその上っ面が剥がれたのだとしたら。
 やってやった。
 仕返し成功の満足感が込み上げ、そして同時に顔が異常なまでに火照りだした。汗が吹き出て、一気に動悸が激しくなって、つい僕はその場にしゃがみこむ。

「……え?」

 もしかして……まさか僕も、あのスタンド攻撃を受けたのか?

 だが、僕と承太郎の異常な感覚が、スタンド攻撃によるものではないと知るのは、まだまだ先の話。