よくあるはなし

 酒が入って酔いが回ってくるとどうしたものか、普段は絶対しないような話題まで口にしてしまう。
 話を切り出したのは俺か花京院かなんて、それはどうでもいい。しかし恋愛話なんて男ふたりで飲み交わす際の話題には合わないと思うのだ。しかも今現在お互いにフリーらしいし、あまり盛り上がらないのではないだろうか。
 加えて俺は恋愛なんてものとは疎遠なために大した話は、
「ああ」
 まあ、大したものではないのは変わりないが、恋愛話がまったくないわけではない。
「恋した奴はいたな」
「へえ? きみがねえ?」
「一度だけ。過去のことだ」
「今は恋してないのかい?」
「好ましい人物だと思うが恋はしていない」
 半分本当、もう半分は嘘の言葉がさらりと口から出た。どうやら思ったより酔っているらしい。
「へえ[D:12316]……ねえ、どんなひとだったんだい?」
「一言で言い表せない。あえて言えば、色んな魅力を持った奴で、俺はそんなところに恋をしたのかもしれない」
「きみがそこまで言うくらいすごい人なのか。告白したかい?」
「しねえ。いや、できなかった」
 その人物からすれば、俺は恋愛対象外になる。だから想いは告げないままだった。そんな俺との会話に花京院はアルコールの入ったグラスに口をつけつつ考え込む。
「………恋した相手って……ホリィさんか?」
「どうしてそうなった」
「“好ましい人物”“色んな魅力を持っている”“告白はできない”。この三つからホリィさんと結論づけた」
「本気で言っているのか」
「ああ」
 まともに話していると思えばやはり酔っ払いは酔っ払いだ。アルコールで赤ら顔になっている花京院はこの場に相応しくない真剣な眼差しで俺を見つめてくる。ああいや、これは目が据わっているだけだろうか。
 どうにも花京院は俺の母親をとても好いているがやれやれ……。
「ホリィさんは冗談だけど、君にもそういう経験があったのか」
 冗談だったのか。内心ほっとしつつ、続いた言葉に無言でグラスをあおる。
「君はモテるくせにそういうことには関心なさそうだったからさ。それが恋をして、想いを告げるか迷い、悩んだのだと今話している表情でわかった」
「……そんな顔に出ていたか」
「まあね。悩んだだろう君には悪いけど、安心したよ」
「?」
「こうやって経験を語れる。酒の力を借りた勢いは多少にあるだろうけど、人に語れる恋の経験があるのは素敵なことだよ」
 花京院はまるで自分のことのように柔和な笑みを浮かべた。その顔の赤みは少し引けてきた。奴は酔いが回りやすい分、醒めるのも早いから話している内に酔いが醒め始めたようだ。
「そういうお前は、」
 一方俺はなかなか酔わないが、酔ってから醒めるまでが長い。
「恋人を作らないな」
 だから酔わないようにしなければならないのだが、どうにもうまくいかない。
 旅から帰ってきてから俺と花京院は交友関係を続けていた。こうして二人きりで酒を飲み交わすのを咎められないくらいの年齢になっても続く関係は良好といえる。
 しかしそんな関係の花京院に女の影を感じたことは一度もなかった。
「そう?」
「実際居ねえだろ。てめーのことだから、そういう奴がいたなら一度は話題に出すはずだ」
 花京院は決して秘密主義ではない。家族の話もするのだから、恋人がいたなら恋人の話題もするはずである。この推測に俺は自信があった。
「……作らない、というか……作れないのかな」
「どういうことだ」
「僕は恋人になれない人に恋をしてしまっているから」
 話す花京院の視線は何を捉えているのか。酔っている様子はもうないのに、視線が定まってないように虚げだ。
「恋人になれない?」
「ああ。そんな人にずっと恋していてね、恋人はいないんだ」
「そんな奴いるのか」
「いるんだ。でもそれでいいんだ、僕の恋人にならないけど、きっと誰の恋人にもならない。誰かに捕らわれる心配はない」
 叶わぬ恋。それならば誰のものにもならないなら構わない。誰のものにならないなら、自分のものにもならないのだと諦めがつく。
 その極論に俺は同意しそうになる。しかし、それでは花京院はどうなるんだ。
「何故、恋人になれないと結論づける。本人からそう言われたのか?」
「いや。想いすら告げていない」
「それなら可能性はあるだろう」
「ないよ。世の中にはどうしても手に入らないものがあって、そういうものを僕は好きになってしまっただけなんだ」
 花京院がグラスを一口、口内を湿らせる程度を飲む。それにつられるよう俺も一口酒を飲む。
「そいつの代わりを作ったことは?」
「恥ずかしながらあるよ。そこから新たな恋愛が芽生えるかと期待も込めてね。でも代わりにすらならなかった」
 そんな代わり、見つからなければいい。そうしてずっとその恋人になれない奴に恋をしていればいいのに。それならば俺と花京院はずっと、この和やかな時を過ごせるのに。
そんな考えが芽生えて唇を舐める。どうにも酔っているようだ。しかも、飛びきり厄介な悪酔いをしているらしい。
 止めようと思うのに俺はまたグラスのアルコールを飲む。温くなり始めたそれはやけに不味くて、飲み干してしまった。ああ、口直しがほしい。
「俺が代わりになろうか」
 不味い酒は悪酔いしやすい。だからきっとこんな言葉を口にしているに違いない。
そう、花京院が勘違いしてくれるよう声をあげて笑う。
「そいつのことは知らんが、てめーのことはそれなりに知っているつもりだ。これまでの奴よりは、」
 言いながら花京院の方へ視線を向けて。
 俺は絶句した。

 視線の先の花京院は酔っている時以上に顔を赤らめて俯いていた。
 一瞬、そいつは怒りからくるものかと思ったが、少しだけ上げられた彼の視線がやけに色めいているようで、俺はいよいよ自分の酔い加減を恨みたくなった。

 花京院からでは駄目ならば、その「手に入らない」人物からアクションを起こせば簡単なことではないか。