クズダリバッピーウェディング

 時計の長い針はそろそろ11を指し、窓から注がれる日差しも朝のものではない暖かみを感じる。
 そんな中、リビングのソファーに寝転がっていたのは承太郎で、僕はなんとも言い難い気持ちになっていた。
 ソファーを占領している彼は規定外の身長をもて余すよう脚を投げ出し、いつもはセットされてる前髪は下ろされている。風呂上がりや寝起きだけしか見られないその髪型はいつもより幼く見えるから可愛い、なんて思っているのは内緒である。昼も近いのにまだセットしていないのか、癖毛だからとはまた違う髪の乱れ具合である。
 着ているのは上下セットの灰色スウェット。ちなみに僕のなのでスウェットなのにピチピチな上、手足首が晒されてる。成長期真っ盛りな子供もびっくりなつんつるてん具合だ。
 そんな格好で読んでいるのは僕が購読しているゲーム雑誌で、それもいつの間にか何かの染みがついて草臥れたやつだ。僕が買ったものだけどそんなの読んでいいのかい、君は学者なんだからna●ureとかそういう格好良い専門誌を読んだ方がいいんじゃあないか。
それを読む彼の腕の間には僕がニ●リで買ったヒトデがプリントされたクッションで、明らかに使い込みましたとばかりに少し歪み始めている。
 仕事場では人の領域を越えた何かと称される完璧さを誇る承太郎とは結び付かない有り様。これは、見ていいもの、なんだろうか? それくらい、今の承太郎は格好もついてないしだらしない。
「ものすごく、全力なまでに寛いでいるよね」
「寛ぐのに全力もあるのか」
「その寛ぎっぷりを見たらそう言いたくなったのさ」
 それにここ、君ん家じゃなくて僕ん家なんだがどうなんだ。
 そう続けたくなったが、その言葉は飲み込んだ。言ったところでそれがどうしたんだ?なんて承太郎が首を傾げそうだからたまったもんじゃあない。
 これは……反動、なのかな。
 博士号を取り、海洋学者として本格的に活動を始めた承太郎はそれはもう妬むことすら馬鹿らしくなるくらい完璧な博士となった。元から真面目で凝り性の気があったから良い博士になるだろうとは思っていたが、空条博士は誰の目から見ても隙のない人間だった。
だが、空条博士が限りなく完璧になってきた頃から、プライベートの空条承太郎は今のようにだらしない姿を曝すようになったのだ。
 外で完璧を振る舞うのだ、人の目がないプライベートくらいだらしなく過ごしたいのはわかる。
 しかし何故僕の家に来るのだろう。自宅の方が気兼ねなく過ごせるのではないだろうか。
 いや、僕の家に来るな。というわけではないし、嫌なわけでは決してないのだけど。

 ふと、承太郎が雑誌から顔を上げ、外光を眩しげに眺める。格好がもう少しまともなら女性が悲鳴をあげるような光景になったろうに残念だ。
「昼、何食べたい」
 きっとこの調子ならば昼は当然ながら夜まで居座りそうなのだけど。だからついでに夕飯について聞くのも良いかもしれないが、それは暗にその時間まで居て構わないと言ってるようでやめた。
「なんでもいい」
「そういうの困るんだけど」
「お前の作るもんだからなんでもいい」
 なんだそりゃ。そういうの女の子に言うべきじゃないか。嬉しくなるだろ、ちょろすぎるな我ながら。
「……じゃあ、何か適当に作るよ」
「ああ、頼む」
 じゃあ水煮していた大根に鶏と蕗と……蓮根も余っていたからそれを足して、鰆が二切れあったはずだからそれを焼いて……もう一品はさっぱりしたものが……
「花京院」
 台所へ行こうとしたところ、承太郎に呼び止められる。
「……なんだ?」
「結婚しようか」
「ん?」
「結婚しよう、花京院」
「やだよ」
「何故?」
 何故とは、そいつは僕の台詞じゃあないか。
 承太郎を見ると雑誌から顔を上げた彼がこちらを見つめていた。わあ、格好悪い。イケメンに変わりはないんだけど総体的に見てかなり格好悪い。やっぱりフ●ミ通なんて似合わないぞ承太郎。
「何故って僕らはまだ付き合ってもないんだぞ。それがどうしていきなり結婚なんだ」
「したいと思ったんだ。結婚しよう」
「嫌だよ」
 行動で示そうと台所へ入ると、見えないリビングの方からどたどたと音が聞こえた。あのつんつるてん太郎が動き始めたのか。
 広くはない我が家、すぐに音の主が現れた。
「どうして嫌なんだ」
「まず急すぎなんだよ。したいってまたなんで今なんだ」
「一緒にいて幸せだと感じたから、ずっと一緒にいたい。ずっと、お前と暮らしたい……花京院は違うのか」
 ストレートな言葉は男らしくてイケメンの一言だ。それに彼は見目中身の完璧と評判の空条博士、これで落ちない女の子はいないだろう。
 いないだろう、というよりいない。だが、
「それは嬉しいが問題はそこじゃあない」
「そいつは、どんな問題だ?」
 ふたりで幸せだから一緒になろう。その思いは嬉しいし、結婚の理由として簡潔ながら充分なものだろう。
「あのな承太郎、プロポーズする前に恋愛結婚だってお見合い結婚だってまずはお付き合いをするものなんだ。お見合いだってね、結婚は前提にしてるけど出会ってすぐプロポーズはしないし、恋愛のように付き合いを深めてからのプロポーズだからね?」
 わかるかい? 見上げれば承太郎は黙って見つめ返すばかり……うーん、微妙な反応だが話を続けよう。
「約束を取り付けてドライブがてら夜空を見に行った先で『お前の魅力を前にすると夜空なんて霞んでしまう』なんて言われたいし、君は海が好きだからそれを口実に綺麗な海岸へ行ってはきゃっきゃうふふと追いかけっこしては『一生この腕の中にいてほしい』と後ろから抱き締めてもらったり、自宅にしたってふたり小さな食卓を彩る小綺麗な料理を前にワインで乾杯しては見つめあってからのキスで、とかさあ! 結婚よりまずそんなことしたいんだよ! そんな嬉し恥ずかし体験をしないまま結婚なんて僕は許さない」
「そんなの結婚してからすりゃあいいじゃあねえか」
「駄目! 結婚する前の初々しさはその時しか味わえないだろう?」
 結婚したとしてもやるけどさ、やるけどその時にしかないものってあるだろ? それをすっ飛ばしてしまうのはあんまりな気がするんだ。
「……なら、結婚を前提に付き合うのはいいのか?」
「まあ、そうだね。それならいいかもしれない」
 僕より白い肌なのに、承太郎の顔が赤いのは恥じらいなのか。結婚しようかは恥ずかしくないのにお付き合い申し込むのは恥ずかしいのか? それってどうなんだ、大丈夫?

 ああ、僕は君からの告白をずっと待っていたのにまさかこんなことになるとは。お付き合いすっ飛ばして結婚しようか、なんて言われるとは想定外だった。
 待ってるくらいなら言えば良かったのに、なんて、まあ僕も思う。承太郎からいいのなら僕が言っても問題ないことくらいわかっていたのに。流石にこれはずるいだろうか。

「好きだよ、承太郎」

 だから恋人になってくれませんか。
 もちろん、結婚を前提としてね。