モニカ ※生存院注意

 酒の飲み交わしの際に出る話題ほど突拍子ないことはない。

「愛のあるセックスがしてみたい」

 頂き物の濃ゆい蒸留酒をちびちびと飲んでいた承太郎が予告なくそのようなことを言ったものだから、僕は思わずつまみのドライフルーツを落とした。愛とかセックスとかどうした承太郎。
 いや別に承太郎だって年頃だから愛情やセックスの話題くらいしたっていい。まだ20代なんだからいたって健全なものだろう。しかしついさっきまでの話題は確か……この間、久々にポルナレフと会って日本観光した時の話だったはずだ。そこからいきなりこれとなると、流石にどうした承太郎。と突っ込みたくなる。
「何か……あったのかい?」
 それこそ、いきなりセックスの話題をするようなことでも。
 窺うよう問えば「別に」と一言、手にしたグラスの氷を鳴らすように回した。そいつはそう気を留めるようなほどの話題ではない、と主張するようにも見えて、僕は追求することなく閉口する。
「今までセックスは性欲処理でしかなかった」
 しかし彼の話は続くようで、相槌を打てば口元を濡らすようにグラスに口付けてぺろりと上唇を舐めた。
「乗り気じゃあねえな、振れない話だったか」
「ああ、いや。ただ、君にしては珍しい話題だと思って」
「俺だってセックスくらいはする」
「まあ、人間だからね」
 ただ残念かな、受け答えしている僕はセックス未体験者なので性欲はあっても人間じゃあないらしい。自身の口にした言葉にそんな皮肉を考えながら、そんなことは目の前の美丈夫には関わらない悩みだと一息ついた。
「人間だから。生理現象からくる衝動だと思っていた」
「へえ?」
 彼の容姿ならば相手なんて探さずとも勝手に寄ってくるだろうに、当の本人は色事に関心が薄いらしい。しかし、承太郎だからな。そう思い至れば納得できてしまうから変なことはない。
 承太郎は見目とても魅力的で。今の話の流れに合わせて言ってしまえば性的な対象として注目されるのに、本人はそれを鬱陶しいと感じているのだから。
「だが最近、性欲処理だけではないセックスに興味が湧いてな」
「だから愛のあるセックスがしたいと」
「よくあるだろう、フィクション作品に」
 あるある、特にベタな恋愛小説に。よくあるが承太郎がそれを知っているとは……そういう本も読むのか? どんな感想を持って読んでいるのやら、好んで読んでいるのかな……。
 聞いてみたいが話の腰を折るつもりはないので、何事もないようまた相槌を打つ。
「こうやって楽しく酒が飲めるようになって、相手次第で物事に対する思い入れが変わるんだと、気付いた」
「今、楽しいの?」
「ああ、楽しい」
 エメラルドに劣らない光を放つ彼の瞳が更に輝きを増したように煌めいて、笑みの形に歪む。
「それと同様に愛する奴との愛のあるセックスも良い意味で違うのかと、気になった」
 成る程ね。ちょっと飛躍しているけど彼なりに要約したのだろう。わからなくはない感覚ではある。
「それで、セックスがしたいと」
 結論はそれだ。
 愛のあるセックスはきっといいものだからやってみたい、というのが彼の言い分。愛なんて持ち出せば綺麗なものに感じるが、結論は「セックスしたい」なのだ。
 さて、ふりだしに戻る。どうした承太郎。なんでセックスしたいなんて話題を出したんだ。
「セックスしたいって、溜まってたりするのかい」
「相手には不自由してないのでな、そいつはねえ」
 うわ、躊躇いなく自慢か。そりゃあ承太郎なら相手なんてすぐ見つかるだろうけどさ、そうやって未経験者に追い討ちかけるのはやめてくれないか。
「だが俺は愛のあるセックスがしたいと言ってるんだ」
「まあ、ねえ?」
「そいつはこれまで相手にしてきた奴じゃあ無理なんだ」
「つまり、今までの相手は愛してなかったと」
「性欲処理と言ったろう」
 言ってたね、そういえば。
 ということは、これまでは特に好きでもない人とセックスしていたということか。なんだ、承太郎ってヤリチンなのか? 騒がしい女は鬱陶しいとか言いながらヤることはやってるわけか、ホリィさんが知ったら泣くぞ。
「それならセックスより前に恋人作らないといけないんじゃあないかな」
 彼が望む「愛のあるセックス」をするにふさわしい相手はつまり愛する恋人。しかし、これまでの承太郎の話では恋人の存在は見受けられないので、彼に恋人はいないだろう。
第一に恋人がいたなら僕なんかと酒を飲んでこんな会話もしないはずだ。
「ああ。そしてセックスがしたい」
「愛が抜けてるよ」
「恋人相手なんだから愛があるのが前提だ」
「そろそろ解散しようか?」
 今日の承太郎は何かおかしいと思っていたら僕たちは二人きりの飲み会をしていたのだった。僕はそう飲んでいないけど、承太郎はちゃんぽんしながら飲んでいたから酔ったのかもしれない。
 それならお開きにして頭を冷やすに限る。
「まだ、いいだろ」
 解散の提案を却下した彼の指先が僕の手の甲を撫でる。その擽ったさと脈絡のない触れ合いに承太郎を見上げれば、思いの外彼の顔が至近距離にあった。瞬きする度にばさり、と音がしそうな睫毛の艶やかさすらわかるほど近い距離に僕は怯みそうになる。
「承太郎?」
「相手はてめえだ、花京院」
 ただでさえ近い距離は更に詰められて、無駄なほどに長いと感想を覚えた睫毛の先が触れそう、と思うより先に唇が触れた。
 承太郎にキスされてしまってる。驚く間も与えられずされたキスは軽いもんなんかじゃあなくて、唇を吸ったり食まれたりするちょっと濃いもの。それでも舌を入れない程度のそれはちゅっと可愛らしい音を立てて離れた。
「キスだけで、いい気分だ」
 少し離された顔はうっとりと満足そうにしていて、言葉の信憑性を確実なものとするのに十分だ。やあ待て承太郎、待ってくれ。
 それってそういうことなのか?
「愛のあるセックスがしたいんだが、どうだろう」
「それ……僕に、提案するんだ?」
「てめえしかいないんだ」

 じゃあなにか。何かおかしいと思っていたら承太郎は僕を口説いていたのか?