「まあ、平和なスタンド攻撃みたいで良かったじゃあねえか」
「他人事だからそう思えるんだよ、ふざけたこと言うなポルナレフ」
「確かに戦力的な支障が出ないだけ幸いだったよポルナレフ」
ポルナレフの一言にふたつの異なる言葉が同じ声で返ってきた。
町中で宿泊地を探している最中、突然花京院の体が光輝いた。
それだけ聞けば花京院は仏だったのか。なんていうジャパニーズジョークのような展開だが、光が治まると花京院がふたりになっていたので仏ではなく狐に化かされたらしい。
ではなく、花京院はスタンド使いの襲撃に遭ってふたりになってしまったらしい。
「で、スタンド攻撃で花京院が分裂したと」
別行動をとっていたポルナレフと合流して一通り説明をすると、奴は興味深そうに花京院×2の顔を交互に眺める。ひとりは大人しく目を伏せただけだったが、もうひとりの花京院は「見世物じゃあない」と言いながらポルナレフの肩を押して露骨に不快な表情を見せた。
「多分な、今じじいとアヴドゥル、SPW財団の連中が周辺を調べている」
「承太郎はなんで花京院と残ってんだ?」
「スタンド攻撃は対象物をふたつにするだけと断定できないから、一人待機した方がいいとじじいに言われてな」
「念のため、ということか」
万が一、何かあった時のために。時間差で実害ある効果が出る可能性も否めない。
「心配性ですね、ジョースターさんも。僕なら大丈夫なのに」
「ジョースターさんの対応は適切だろう」
見た目が全く同じな二人の花京院は異なる意見を述べる。それでも以前戦ったラバーソウルのような違和感はどちらからもしない。意見こそ違えど、どちらも花京院が言いそうなことを口にしているのだ。それこそポルナレフの言葉を用いれば、花京院という人格がふたつに分裂してしまったようにも思える。
「とりあえずそこの花京院ズ目立ちまくってるから、待機するならホテルにチェックインしようぜ」
一くくりに花京院ズと呼ばれ、ひとりは「分裂といい、物みたいに言うな」と不満を洩らし、もうひとりは素直にひとつ頷くだけだった。
本日の宿泊地は人数分の個室が用意できたということでポルナレフは嬉々として部屋へ入っていった。まだ花京院ふたりの問題があるのだが、ふたりになったこと以外の危険因子がないせいか楽観的に考えているようだ。
「やれやれ」
「何がだい、承太郎」
「いや、別に。じじいたちは手こずっているようだな、とな」
花京院ふたりの内ひとりは俺の言葉にやんわりと返してはベッドに腰掛け、もうひとりはそわそわうろうろととにかく落ち着かなく部屋を歩いている。
「部屋でじっとしてるだけなんて、ほんとやってられないよ。僕の問題だから僕もスタンド使いを探すべきだ」
「てめえ、出先で何かあったらどうするつもりだ」
「何があったって僕は対処できる」
むすっ、といかにも文句ありそうに眉間に皺を寄せた花京院にまたやれやれと内心思っては、室内の蛍光灯に揺らめいた瞳の色が目に留まる。思わずベッドに座る花京院と見比べた。
「承太郎?」
「……全く同じかと思えば、瞳の色が違うのか。」
「「瞳?」」
「ああ、鏡で見てみろ。赤と青、わかりやすいくらい対照的な色だ」
俺の言葉にふたりの花京院は互いの顔を見合せて、揃って小さな鏡台へ足を向ける。そうして確認したのか、小さく声を上げてはまた顔を見合せた。
ひとりは晴天のような爽快感ある明るい青の瞳、もうひとりは柘榴のような艶やかな赤黒い瞳を持っていた。ふたりに増えたことに注目するあまり、そんな違いに今まで気づかなかった。
「僕の瞳、こんな色だったかな」
「紫色だったはずだけど……これもスタンドの影響だろうか」
同じ声が会話を始める。声だけ聞けば花京院の大きな独り言のようで、ポルナレフではなくともあまり危機感を覚えない。今のところふたりに増えて、瞳の色が違うくらいの出来事しかないのだ。
いや、ひとりの人間がふたりになってしまうのは大事ではある。それでも花京院がふたりになったことで困ったことといえば、宿泊代が一人分増えたことくらいしかなくて大事にはなかなか思えないのである。
最近、敵からの襲撃もあまりないのもあるのだろうか……やれやれ、平和ボケなんてごめんだ。
「瞳のほか、これまでと違うところはないのか」
実は見た目にはわからない変化があるかもしれない。もしその変化がスタンド攻撃をした奴の狙いならば把握しておいた方が良いだろう。
「別にいつも通りだよ」
にこり、と青目の花京院が笑って即答するのに反して、赤目の花京院は渋い顔をしながら首を捻る。
「それがさ、思ったことがすぐ口に出ぐっ」
不自然に途切れた言葉と青目を睨み付けた赤目が水気を含んで潤むので不思議に思っていると、青目の花京院が笑みを浮かべたまま赤目の花京院の足を踏んでいるのが見えた。何してるんだ花京院、流石に踏むのは痛いだろ。
「おっとすまない。うっかり足を踏んでしまったよ」
「足を出す前に口を出してくれないかな」
「不注意で足を踏んでしまったのは詫びるが、口を出す必要はないね」
「君は僕だし、僕は君だからわかるんだよ。僕だって言いたくて言ってるんじゃあない」
「それで。あるのか、ないのか」
会話が脱線しそうだったのでまずは赤目の結論を。あるなら詳細はそのあとで聞く。
「……あるよ」
「そいつはなんだ」
「それは些細な変化だから君は気にしなくていい」
そう言いながら割り込んできたのは青目の花京院で、話を遮られたのに何故か赤目は明らかに安堵の表情を浮かべた。おかしい。しかも赤目、青目どちらかがおかしいのではなく、どちらもおかしい、その反応。
その「些細な変化」をふたりの花京院は俺には知られたくない、らしい。らしい、というのは赤目は青目の介入に安堵しながらも変化は「ある」と肯定したからだ。
だが、本意はどうあっても花京院が気にするな、と言うのなら今は余計な追及はしないでおこう。ふたりになろうとも目の前の花京院たちは俺の知っている彼だと思えてならないから、青目の言葉とそれに対して反論しなかった赤目を信じていよう。
とりあえず気長にじじい達からの連絡を待とうとベッドに腰掛ければ、どちらかの花京院が腹を鳴らした。思わずふたりを凝視してしまうと赤目が気まずそうに俯くので、どうやら腹の虫が鳴ったのはこいつのようである。
「露店に行くか」
ここは繁華街が程近いために目の前の通りにも露店が多く出ている場所だ。この花京院の様子なら近場で済ませるだけなら問題ない。そう判断しての提案に赤目は少し顔を上げる。その顔はほんのり赤くて、余程恥ずかしかったのだろうか。
「……それ、承太郎も一緒に行くのかい?」
「ああ。俺も小腹が空いているから何かしら食べたい」
すると赤目は更に顔を赤らめて笑うので、その華ある表情にこちらまで口元が弛みそうになった。先ほどは渋い顔をしていたというのに明らかな変わりようだ。そんなに嬉しいのか。赤目の花京院は青目の花京院に比べて…いや、普段の花京院と比べても表情の変化が激しいようだ。普段はもっと、感情をそのまま顔に出すなんて子供じゃああるまいし、と言わんばかりに控えめだ。
……もしや、これが赤目が肯定した変化なのか?
それならば青目が言った「些細な変化」にも合致するように思える。これくらいならば表情豊かになった、で済む範囲だ。
しかし、この変化が本当ならばまた珍妙なスタンド攻撃である。
「何か食いたいもんはあるか」
「夕飯前だから軽いものがいいな」
へらへらとこれでもかというくらい楽しげに笑う赤目に反して、これまで穏やかな表情しか見せなかった青目が先ほど赤目がしたような不快の表情をした。
「待機している状況なのに外出とは感心しないな」
不快の原因はそれか。
じじい達がスタンド使いを探している中、飯を買いに行くなんて不真面目だ、ということだろう。最年少ながら生真面目な花京院らしい意見である。
「なんだい、君だって腹減ってるだろ?」
「別に」
笑う赤目に眉間に皺を寄せる青目。まるで当初の反応と正反対である。
「僕は君だぞ、僕が腹を減らしているなら君だって空腹だろう?」
「減ってないし、もしそうだとしてもジョースターさんたちが戻るまで待機してるべきことには変わりない」
「じゃあ、僕と承太郎、ふたりきりで行ってくるよ?」
言いながら赤目の花京院は俺と手を繋ぐ。つい驚く俺に、青目の花京院は青ざめるのを通り越して白くなった。これは……また普段の花京院と違う態度だ。赤目に対して青目の方は本来の花京院よりも真面目が過ぎて折り合いをつけられない性分らしい。変化はないと断言したが、こちらもこちらで少し違うようだ。
顔色を白くし制服を握り締める青目は俯きながら小声で「早く戻るように」と一言、こちらに背を向ける形でベッドに腰掛けた。その姿に一気に罪悪感が溢れる。
青目の言い分の方が正しいのに、どうして奴があんな顔をしなければならないのか。
「……やはり、俺ひとりで遣いに出よう」
「「え?」」
「だから花京院ふたりはここで待機してろ」
赤目と青目の間をとればそいつが無難だ。花京院たちについては外に出る前にポルナレフに声をかけて待機してもらうよう頼んでいけばいい。
「食べるもんはなんでもいいか」
「「ああ、まあ、いいけど……」」
どことなく赤目は残念そうに、青目はほっとしているよう見えたのはきっと気のせいだろうからさっさと出掛けてしまおう。
「よォ、承太郎。花京院元に戻ったのか?」
「いや、まだふたりいる。そんな時にてめえは呑気に買い物か」
財布を片手にポルナレフの部屋へ行く途中、そのポルナレフが小さな紙袋片手に廊下を歩いているのを発見した。部屋で過ごすだけならまだしも外出していたとはとことん危機感がないな。
「そう言うなって。ほら、カスタードパイ買ってきたからよ」
そう言ってポルナレフは手に持っていた紙袋を渡される。微かに温もりを感じた袋の中を覗いてみれば、甘い香りと共に一口大のパイ数個が見えた。これがあるならわざわざ買いに出なくても良いな、手間が省けて助かる。礼を述べるとポルナレフは俺の横を通って立ち去ろうとしたので、少しは花京院が受けたスタンドについて関心を持て。とポルナレフを連れて部屋に戻った。
するとそこには青目の花京院ひとりしかいなかった。赤目の花京院はどこに行ったんだ、トイレにでも行ってるのだろうか。
「花京院元気そうじゃん」
「まあね」
「ポルナレフがカスタードパイ買ってきてくれていた、てめえも腹減ってるならひとつ摘まんだらどうだ」
花京院は何故か俺の顔と紙袋を見比べてはカスタードパイをひとつ口へ放り込む。
「やっぱ、君と一緒に露店に行きたかったな」
「あ?」
小さな声が呟いた一言。先ほどは白い顔をしながら待機を主張していたのに、不在の間に赤目に何か言われたのだろうか。
「そういえばよ、もうひとりの花京院どこ行ったんだ?」
「もう僕ひとりだ、ジョースターさんたちがスタンド使いを捕まえたようだ」
なんだって? こいつは明るい青の瞳を持った花京院のはずでは。顔を覗けば、気まずそうに視線を逸らす瞳に紫の淡い輝きがあった。光の加減で青っぽく見えたのか…そうなると青でも赤でもないこの花京院は?
「じゃあ無事に戻ったのか!これからどうなるかと思ったぜ」
「そう言うがポルナレフ、君はさっさと自室に入っていったろう」
「まあまあ、なんもなかったからいいじゃあねえか。何も問題ないようだし部屋戻ってるぜ」
言葉の通りさっさと部屋に戻ってしまうポルナレフを黙って見送ってしまい、室内が静まり返る。
「……露店に行きたかったとは、カスタードパイまずかったのか」
「おいしいよ」
「なら、塩気あるものが良かったのか」
「まあ……ああ、そういうことにしておいてくれ」
花京院は何故か顔を赤らめながらチャロアイトの瞳を伏せたので、俺は疑問に首を傾げてしまった。