秒速合挽き肉 ※三部メンツ全員生存

 どうやら承太郎は僕が好きらしい。

 いつからかはよくわかっていない。しかしDIOを倒す旅を共にし、その後も交流が続いていれば彼についてわかることは多々あった。
 年不相応に冷静沈着かと思えば売られた喧嘩はがっつり買うし、仲の良い者とはふざけあうこともある、実はそこらにいる10代と変わりない素顔を持っていた。そして口は悪くとも情に厚く、ホリィさんやジョースターさんには照れのようなぶっきらぼうさを全面に出しつつもとても家族を大事にしている。
 そのため、承太郎の中でそれなりの関係になると、お前は特別だ。とアピールするような、他とは一線を置いた懐き方をする。たとえばポルナレフとは「別に好きでも嫌いでもねえ」なんて言いながらも、よく煙草を片手にカードゲームを交えては馬鹿笑いするような仲だったりする。取り巻きの女の子には決して見せない姿だ。
 そんな違いを知ってきて間もなく、僕を呼ぶ承太郎の声に甘さを覚えた。それに何か伝えたげな視線が加われば、これは何かあると気付くものだ。
 しかし僕はそれに気付かない振りをした。騒がしい女は嫌いだと、これまで恋愛的な交際をしたことがない承太郎は何か勘違いしている節があったからだ。
 承太郎は容姿性格共に非常に人を惹く人物だが、それに反して交流関係は乏しかった。友人と呼べる存在はきっと僕とポルナレフ、アヴドゥルさんの三人だけだし、ランクを下げて知り合いと呼べる相手を聞いてもきっと10人にも満たない数だ。一人を好む性格ではないが、兎に角承太郎の世界は狭い。だから愛情も友情もごっちゃにしている節が感じられ、友人であり歳が近くて交流が密な僕をそのような意味で好きだと錯覚しているのだ。
好意を寄せてくれる流れはわからなくはない。しかしこれは旅での吊り橋効果の延長であり、第一に僕は男なのだ。恋愛対象としておかしい。
 同性に恋愛感情なんて。それは承太郎も思うところはあったのか、露骨な態度を見せながらも告白はしてこなかった。彼も馬鹿じゃあないのだ、盲目的にはなるまい。
そう、思っていたのに。

 どうやら最近、スタープラチナで時を止めている間、僕に何かしているらしい。

 それこそ僕の錯覚じゃあないかって? できるならそうあってほしいと何度も思ったさ。しかし唇や肩に不自然な温もりを感じた直後、承太郎がそわそわとした、彼らしくない落ち着かない様子を何度も見たらどうだ? 僕の知らぬ間に何かあったのかと思ってしまっても仕方ないじゃあないか。
 そうして今日もふとした瞬間、唇に違和感を覚えて近くにいた承太郎を見上げる。笑ってはいないが彼にしては珍しく楽しさや歓喜を滲ませた表情に、ああまた今日も何かしたのか。と気付く。
 多分、キスなのかな。唇に違和感があったから。今は何秒時を止められるのかわからないけど、軽いやつかな……違和感はあっても激しいのをされた感じではない気がする。キスされたのかも、あくまで僕の推測でしかないから激しいか軽いのかもよくわからない。
やっぱり僕が好きだから、こんなことをするのかな。
 そんな、決して他人には相談できない行為は数週間続いた頃には日課となっていた。
その行為は大学の正門前の時もあれば、人のいる飲食店の真ん中であったり、彼の自宅もあったし、僕の部屋でもあった。やりたい時にやっているのか、場所も時間も様々だ。
ふと、承太郎との距離が近くなったかと思えば、唇や体に覚えのない温もりが残っていたりしたらそれは承太郎が仕掛けた時。しかしそれが済んだところで承太郎は何事もなかったかように会話や作業を続ける。僕との触れ合いは彼にとって些細なことなのだろうか。
それでもやはり承太郎はその行為をした後嬉しそうだった。相変わらず笑みはなかったけど、纏う空気が良い意味で変わっていたから。
 そんな彼に僕はいつしか時を止めている間にされている行為に慣れてきてしまった。我ながら順応性に長けているとよくわからない感心を覚えては時折、慣れた余裕から行為の直後の承太郎を観察するようになった。やはりというか、そのどれも嬉しそうで、あまりに嬉しそうで僕は見てはいけないものを見ているようなもやりとした、なんだかすっきりしないものを感じた。
 時を止めて行われる一方的な触れ合い。僕の気持ちがないこの行為に意味はあるのか。たとえ彼が歓喜を覚えたってそれは時を止めている間だけなのだ。数秒の触れ合いは刹那的で、日課となったってそれはノーカンに等しい行為だ。僕は承太郎に触れられてる感覚が残っているだけで、彼がどんな仕草で、どんな表情で、どんな触れ方をするのか見たことがないのだから。
 それでも想いを告げない彼はこれで良いと思っているのだろうか。流石にそこまでは僕にはわからない。
 だからこの行為をとめることはなく、見えない触れ合いが始まって約半年が過ぎた。それまでも承太郎はその行為の後には嬉しそうにしていたが、最近は少し…いや、大分反応が違ってきた。
 行為の後の雰囲気が変わってきたのだ。
 あの濃い睫毛を震わせ、厚い唇を迷うように音無く動かすことがあるのだ。まるで何か躊躇うような、そんな様子に僕は首を傾げたくなった。時を止めている間に何かしているというのに何を躊躇うことがあるのか。何かしたいなら時を止めて実行すればいい、僕だって気付かない振りをしているのだからよっぽどのことでなければスルーしよう。
しかし、僕がそう思っても承太郎は実行に移す気はないようで、それどころか彼の様子が変わってきた頃から日課となった行為が徐々に回数が減っていった。毎日繰り返し、多い時には一日に三度はあったそれは気が付けば四日に一度ほどになった。
 回数をこなして冷静になったのか、はたまた僕への想いが薄れてきたのか。そう考えてみたが、それも違うようでまた首を傾げたくなる。承太郎は一体何を思って僕に何をしたいのだろう?

 密やかな行為の回数が減っても僕と承太郎は相変わらず会っていた。表面上は仲の良い友人だから当たり前なのだが、それはやはり表面上だけであって、言い様のない居心地の悪さがあった。承太郎は時を止めて急激に詰めた距離を再び開け、そんな態度に僕は疑問と焦燥感を抱えていた。
 今の状況は望んでいたもののはずだ。承太郎は友情と恋愛を混同しているから、僕は気付かない振りをしていれば彼も僕への想いは友情だと冷静に考えられると思っていた。
だが、一度知ってしまった触れ合いや距離感がなくなったらどうしたことか、僕は喪失的な寂しさを覚えてしまった。友人としての関係を望んでいたはずなのに、いざ直面してみると胸が抉られるように痛んだ。

 どうやら僕も承太郎が好きだったらしい。
 しかも友情以上の意味で。

 もしかしたら本当は最初から分かっていたのかもしれない。本気で友情を大事にするなら承太郎の行為を止めたはずだ……それを止めなかったのは、そういうことなんだ。ただ、自覚するのが怖かっただけ。
 毎日触れてくるようになり、それが当たり前になって、僕はその行為を待つようになっていた。承太郎が嬉しそうに空気を綻ばせる様子を見たいと思うようになっていた。

「またな、花京院」
 大学からの帰り道、僕の家が遠目に見えるT字路は承太郎と別れる場所だった。触れ合いが頻回だった時は別れの挨拶の直前に時を止めて唇や肩に触れてきたのだが、最近は全くなかった。そして今日もまた承太郎は何もすることなく、挨拶を一言に僕へ踵を返す。
そんな彼に言葉を返す前に、少し離れた距離を詰める。いつもは気に止めない靴音がやけに大きく辺りに響く。帰り際はあっさり別れる僕に珍しく思ったのか、承太郎が振り向いた。
 そこから動いてくれるなよ、承太郎。
 僕は黙ってこちらを見つめる承太郎に向かい合うと、彼の胸ぐらを掴んでその分厚い唇に自分の薄いそれを押し付けた。そこは思っていたより柔らかくて、この唇と何回も触れ合ったはずなのに初めて知った感触だった。
 それが嬉しくて少し唇を離して再度口付けようとすると承太郎に肩を押されてそれはできなかった。
「なに、してんだ」
「……キスだけど? 君だってしたろう、スタープラチナでわざわざ時を止めて」
 至近距離で見える承太郎の輝く瞳が見開かれる。密やかな行為のひとつはキスをしているとは僕の推測だったが、驚くだけで否定しないのは肯定なのだろう。キスできない代わりに、肩を押す彼の手に自分の手を添える。ぴくり、と大きな手が小さく跳ねるのがおかしくて笑ってしまうと承太郎が眉間に皺を寄せて僕を見下ろした。その視線は彼らしからぬ弱さがあってまた笑いそうになる。
「なんて顔してるんだよ」
「仕方ないだろう……いつから気付いてたんだ」
「大分前、かな」
 半年以上前なんだから大分前でいいよな。少なくとも最近なんかじゃあない。
 そんな僕からの返しに承太郎はいよいよ舌打ちして頭を掻く。
「あのさあ承太郎、とても気まずそうだけど僕の方がずっと気まずいんだけど?」
「飄々としてるじゃあねえか」
「表面上はね。でも僕は君と違って時を止められないんだ、わかるかい?」
「……? ハイエロファントにそんな能力はないだろ」
「ね。だから君にキスしようにもこうやって真正面からキスをしなきゃあならない」
「ああ……、…あの、花京院、」
「なんだい」
「何でてめえはキスしたんだ」
「それを言わせるんだ?」
 先程も言ったばかりだが、僕の余裕は表面上だけだ。顔に出さないだけで動悸は激しいし、ちょっとしたことでボロが出てしまいそうなくらいなんだ。
 行動を起こしたのは承太郎が先なんだから、この先も承太郎から言うべきだ。
「君こそ、言うことがあるだろう?」
「知ってて言わせるのか」
「それは僕の台詞さ。どうでもいい奴にキスなんてしない」
「俺だってそうだ」
 なら早く言葉にして言ってよ、時を止めてまでキスをした理由。僕は君の気持ちをほぼ知っているに等しいけど、君からの行為も言葉も知らないのだ。
 急かすように承太郎の服の裾を引っ張れば、再び舌打ちをひとつ、肩に置かれていた手が腰に回って引き寄せられた。逞しい腕に見あった力強さに勢い余って彼の胸元に飛び込むように収まってしまう。もしかしたらこれまでの行為で同じように抱き寄せられたことがあったのかもしれないが、僕にとっては初めての体験だった。
「……ずっと、好きだった」
「僕も好きだよ、承太郎」
「……やっぱり、余裕じゃあねえか」
「だから、表面上だけさ」
 少なくとも君の胸元から顔を上げられないくらいの表情はしている。それくらいは察してくれないか。僕は君が僕を好きだと気付いたくらいなんだから、君だってそれくらい簡単だろう?
 そんなことに気付けないなんて、僕の方がずっと君のことが好きみたいで困るじゃあないか。