「今月の写真現像しました!」
この本丸の秋田藤四郎は写真が趣味だ。基より好奇心旺盛なこの短刀は、顕現間もなく主の持っていたカメラに興味を示した。そうして目に映る風景を始め、自分を取り巻く物事を写真に撮っていく内に、月終わりになると秋田が撮影した写真をお披露目するのが恒例となった。秋田の写真は主に本丸での生活を撮ったもので、刀剣男士によっては秋田の写真にどれだけ写り込むか楽しみにしている者もいたりする。
秋田の一声と共に、写真一覧が食堂の壁に貼られると、その前にわらわらと男士達が集まる。撮影当時の話をする者や兄弟刀を見つけて声をあげる者、本丸内での様子が画像として出来上がっているのを不思議がる新入り、反応はそれぞれだが、明らかな盛り上がりが感じられる。
「長谷部さんの写真もありますよ。右上側に掲示した筈です」
皆より少し離れていた場所にいた俺を気にしてくれたのか、秋田が声をかけてくる。彼がひと月に撮る写真は少ない時でも百枚を超える。写真に撮られない方が難しいだろうと思いながら、呼びかけてくれた秋田に礼を言って写真を確認しに行く。そうしてすぐに自分が写っている写真を見つけて……ぎくりと体が強張った。
明らかな動揺に、これは良くないと写真を探す振りをするように視線を右往左往させる。しかし、俺の動揺には誰も気付いていないようで、小さく息を吐いた。それだけ皆が秋田の写真に夢中なのか、良かった。安堵して、再び自分が写っている写真へ視線を戻す。
写真は俺が中心に写っているものではなく、たまたま写り込んだのか、端に立っているものだった。偶然写っているなんてことは珍しくない。きっと、探せば目の前の写真以外にも写り込んでいるものがあるだろう。
そう、珍しくない。それだけだったら動揺することもなく通り過ぎた筈だ。
目の前の写真の中心には朗らかに笑う博多と厚が写っており、そのすぐ後ろには日本号が撮影者である秋田に向かって手を振っている。よくある日常風景で、誰も不思議には思わないだろう。むしろ、相変わらず仲が良いと思われるものに違いない。つまりは、奴らが問題ではないのだ。
周りの写真は続けて撮影されたのか、三振りが中心のものが何枚かある。そのどれにも俺が端に写っており……特定の男士へばかり視線を向けていた。それは博多でも厚でもなく、日本号だった。
写真の俺は日本号を真っ直ぐに見つめている。その視線は何を思って向けられているのかよくわかり、この場からたまらなく走り逃げたい気持ちに襲われる。
なんだ、逃げたいとはなんだ。俺が日本号を見ていたって、その視線に込められたものは俺にしかわからない。そう思っているのに、秋田藤四郎という第三者が写した写真から、俺は日本号を意識しているのだと自覚してしまったことに居たたまれない気持ちになってくる。かといって思うがままに行動すれば、下手すれば突然逃げ出す不審者になりかねない。
あくまでもさり気なく。十分に写真を堪能したから自室へ戻るような、
「お。お前さんがこういうもんに興味を示すとは意外だな」
さり気なさを演じようとして、今一番聴きたくない声に遮られる。半ば反射的に振り向けば、そこには日本号が立っていた。
だが写真の時とは違い動揺は見せるつもりはない。いつものように応対する。
「秋田に声をかけられたんで仕方なくな」
「その割には熱心に見ていたようだが。興味を惹かれる写真でもあったかね」
「……仕方なくと言っているだろう」
俺が何を言っても、いずれあの写真は日本号も見ることになる。だからここで誤魔化しても大して意味はないだろう。しかしこの場で日本号と一緒に見ることだけはどうしても避けたくて、俺は日本号の横をすり抜けた。会話途中とも思えるところで移動するなんて明らかな「逃げ」だが、あの写真の前では何か良からぬことをぽろっと言いそうで恐ろしくなったのだ。
日本号があの写真を見たところで何も思わないかもしれない。だが、万が一、万が一だが、先程写真を見て動揺した自分のことを思い出すとあらゆる可能性を考えてしまう。だから気付いてくれるな。たまたま俺の視線が日本号に向いている瞬間を秋田が連続撮影した。それだけ、それだけなんだ。
食堂の出入り口まで移動すると日本号の方を確認する。彼は素っ気なく去った俺を気にすることなく写真一覧を眺めている。こちらを追いかける様子がなく安堵していると、日本号と目が合った。その顔はどこか驚いたようにも見え、写真を見た時のように体が強張った。
まさか。確かに日本号は察しの良い質だが、写真の俺から何を感じたのか。
考えるより先に俺は走り出していた。目が合って間もなく走り去った俺を訝しむだろうが、走り出してしまったものは仕方がない。後で何かしらの追求があるにしてもそれはその時に考えよう。
そう思っていたのに。
「待てよ長谷部!」
日本号が走って追いかけてきたのだ。
「き、貴様! 廊下は走るんじゃない!」
「自分だって走っているだろうが!」
巨漢ながら俊敏な日本号だ、油断してしまえば追いつかれてしまう。
どうして。どうして日本号は追いかけてきたんだ。あの写真で思うことがあったとしても、俺を追いかける理由にはならない筈だ。むしろ避けられる方がよくわかるのだが。
なんてことを考えていると日本号の大きな手に腕を掴まれ引き留められる。くそ、狭い室内では撒けなかったか。
「はあ……全力で走りやがって……」
「そ……それはこちらの、台詞だ」
狭い上にところどころ物が置いてある廊下を走るなら、日本号より小回りが利く俺の方が有利なところを追いついたのだ。彼の気合が伺える。
思えば食堂で平然を装えば回避できたかもしれないのに、逃げたばかりに何かあると思案するきっかけを与えてしまったのか。
息を整えていると日本号が長身を屈めてこちらを見つめてくる。顔は仄かに赤く、全速力で走ってきたのがよくわかる。
「あんた……何か俺に言うことはないのか」
「……言うこと?」
はて。言うことがあるかとはなんだ。むしろ日本号には言いたくないことばかり浮かぶのだが、それを見越しての質問か? もしそうであればとんだ策士だ、直接咎められるより堪えるかもしれない。
思わず日本号を睨みつけると、奴はあろうことかにやりと笑った。それはもう、誰が見ても嬉しそうに。
「特に言うことがないのなら、俺が都合良くお前さんの行動を解釈していいよな」
「俺の行動が、どう都合良く解釈されるんだ」
端的に言えば俺は日本号から逃げたのだ。それ以上でもそれ以下でもないものをどう解釈するのやら。全く見当がつかないが、既に日本号の中では解釈ができているようだ。
浮かべる笑みに陰りは感じられず、俺は深呼吸をする。自覚してなかったが相当走っていたようで、なかなか息が整わない。
「さあな。まあ、それについてはまた追々」
俺の行動について日本号はどう考えたのか、すぐに教えてくれるつもりはいないらしい。しかし日本号の笑顔が絶えない様子を見ていると、俺も「都合良く解釈」してしまいそうになる。
きっと日本号はあの写真を見て、写り込んでいた俺も見つけただろう。そして写真が理由で俺が逃げたのだともわかっているだろう。きっと、そうだろう。そうなると写真の中の俺が、日本号を見つめていたことに理由があることもわかっているかもしれない。そうなると俺を追いかけてきたのは、
……いや、そうなってくると「都合良く解釈」も過ぎるものだ。そう思うのに、笑顔の日本号に都合良くを超えて期待にも似たものを覚えて、再び深呼吸をするのだった。