「日本には死者が現世に蘇るボンサマーというものがあると聞いたのだが、これがそのボンサマーなのか花京院」
「多分、そうかと」
おい、この真面目で勤勉なエジプト人にボンサマーなんてふざけた知識を植え付けたのは誰だ。訂正しようにも目の前のアヴドゥルさんは真顔で「ボンサマー」と繰り返すのでそれはきっと「お盆」の間違いだと指摘しにくい。全く、ポルナレフだろうか……いや、彼は簡単な日本語の挨拶がわかる程度で文化に関してさっぱりだったからな。ではジョースターさんか……日本嫌いだからといって変な知識を教えないでください。僕が困ってます。
「あぎっ」
「おや、イギー。お前もいたのか」
奇妙な唸り声に視線を落とすとそこにはイギーがここにいるとばかり主張するように鼻を鳴らした。君まで一緒とはお盆すごいな。
そんな僕とアヴドゥルさん、イギーはあの馬鹿でかい空条邸にいた。
なんでここなんだろう。戻るなら死んだエジプトの地とか、縁ある生家とかなんじゃあないのかな。しかもこの三人(イギーは犬だけど)だけなのも気になる。共通するのはDIOを倒す旅の仲間であり、その中で命を落とした者であることだ。そんな僕らが現世に来たのは何故なのか、考えてみた結果がアヴドゥルさんの言う「ボンサマー」だった。多分に僕らが集まったのが日本の承太郎の家だったから、アヴドゥルさんからお盆の話題が真っ先に出たのだろう。日本の夏、死者とくれば僕もお盆が真っ先に浮かぶだろうな。
「ところで花京院、お前はここまで何で来た?」
「何でしたかね……それがよく覚えてないんですよ」
「私もそうなんだ、気がついたらここにいた」
記憶がぼんやりしてるんだ。そう付け加えたアヴドゥルさんに僕も同様だと、記憶を探る。うっすら覚えてるのはすごい勢いでここまできた、それくらいであって、それ以上は思い出せなかった。
「緑の馬に乗って、煙の道を通ってここまで来た。覚えてねェのか」
「ム?」
「え?」
突如第三者の声が僕らの疑問に答えた。しかしその馴染みない声の主を見つけようと辺りを見回すが、僕ら以外の人影はない。すると足下にいたイギーがひょっこりアヴドゥルさんの肩から顔を覗かせてきた。
「どこ見てやがる、さっき喋ったのはオレさまよ」
きしし、と小馬鹿にしたように笑いながら話すイギーに僕もアヴドゥルさんもぎょっとする。
「……イギー……お前話せたのか」
「なァンか、今だけ? お前さんの言うボンサマー効果でもあるのかねェ」
やめろイギー、話せる経緯はよくわからないけど君まで得意気にボンサマーなんて言うなよ。しかもかわいそうに、見た目は小柄なボストンテリアなのに声は少し高めの、それでも可愛げのない男性の声だった。
……まあ、いかにもイギーっぽい声だとは思うから違和感はあまりなかった。
「っかし、ここに連れてきた馬があんなに酷かったのに覚えてねェとは人間サマもめでたい頭してるぜ」
「貴様とは違い繊細なあまり記憶が飛んでしまったのだろう」
ああ言えばこう言う。イギーが話せることなんてここに僕らが存在していることと比べてしまうと些細なことに思えてしまう。それはアヴドゥルさんや話せるようになったイギー自身も同様なのか買い言葉に売り言葉を繰り返す。
「やれやれ」
ついついかつての仲間の口癖が口をつき苦笑する。お盆だからここに来たのはいいとして、そんな僕らはどうすればいいのかわからないのにアヴドゥルさんもイギーも気楽だな。
改めて辺りを見回す。記憶する限りの通り、承太郎の家は親子3人暮らしにしてはあまりに広い。広すぎて今どこの部屋にいるのかもわからない。せめて使用したことのある客室や居間、玄関まで出られたらいいのだけど。
「花京院、折角だから承太郎に会わないか?」
ああ、そうか。お盆って本来そういう行事なんだよな。確か地獄の釜が開いて死者がこの世に帰省して家族や親しい人に会いにくるんだったかな。お盆といえば死者よりも滅多に会わない遠い親戚に会うイメージがあったからな。
「それなら縁側に出ますか」
「エンガワ?」
「ほら、そこのベランダみたいな外廊下。この形の日本家屋だと縁側と部屋が繋がってるから部屋を散策しやすい」
「ふむ、庭がよく見えるような作りなだけかと思えば結構機能面も配慮しているのか。これは移動しやすい」
感心するアヴドゥルさんと、疑問を示した割に大した関心をしないイギーを尻目に縁側へ出るとあっさりと目的の人物を見つけた。
大きな背中を少し丸めて縁側に座り込むのは、紛いもなくあの旅を共にした承太郎その人だった。そんな承太郎は何故か焚き火をしていた。こんなに夏の日が強いからきっと暑いだろうに焚き火をするなんて何かあるのかな。
「承太郎」
隣に座って呼びかけてみても彼が反応することはない。こうして現世に来ようとも僕がこの世の者として戻ってきた訳ではないのだと把握するのに十分な彼の反応に、仕方なく黙って座ったまま足をぶらつかせた。会えただけでも良かっただろうに、どうにも欲が出ていけない。
アヴドゥルさんが承太郎を挟むように座り込む。
「花京院、どうして承太郎は暑い中焚き火をしてるんだ? ボンサマーの行事か?」
「多分、そうかと思いますが……よく覚えてないんですよ」
両親がそう熱心にお盆の行事をしてなかったせいか、お盆の知識に関して怪しい場面が多い。実はお盆とお彼岸の違いが時期が違う以外よくわからないくらいだ。日本人として恥ずかしい。
そんな僕より承太郎はお盆について知っているのかな。お母さんはアメリカ人だけど、こんな立派な日本家屋に住んでいるから日本人だというお父さんに教えてもらってるかもしれない。
「こいつだ!」
突然叫んで唸り出したイギーに何事かと顔を向けると、傍にあった仏壇へ足蹴してるところだった。おいおい、死んでるからってこの罰当たりめ。
思わず駆け寄って暴れるイギーを抱き上げる。
「こら、何してるんだイギー」
「こいつだこいつ!オレさまのしっぽにがぶりと噛みついたままここまで連れてきた馬ヤロー!」
「馬?」
「この緑のやつ、このいけすかねぇ青臭さは違いねェ!」
ぶんぶんと体を揺らしながら僕の手から離れようとするイギーが低く唸り続ける。犬が尾を噛まれて引っ張られたとなると相当痛かったようで、イギーは心底憎いという形相だ。
「イギー、これは野菜だぞ」
イギーが吠えかかっていた対象物をアヴドゥルさんが仏壇から拾い上げる。それは割り箸とキュウリで作られた”馬”だった。
そういえば、そうだ。お盆の時、馬をこしらえて、その馬に乗ってくるんだよ。僕はやったことないけど話の中では聞いたことがある。キュウリが僕らを連れてきたイメージはできなかったけど、イギーが言ってることもあながち間違いでもないかもしれない。
「馬みたいな脚はついてるが動かないし、私たちを乗せるにはあまりに脆いではないか」
アヴドゥルさんがイギーの鼻先までキュウリを近付けて確認させる。イギーは匂いをかいだ後、渋そうな顔をして…そして先端に噛みついた。
「イギー!」
「けっ 動かなくても好かねえのは変わりねえんだよ!」
ペッとイギーは噛み切った先端を吐き出して満足げに笑った。相変わらず噛み癖悪いなあ、こういう噛み癖死んでもどうにかならないのか?
「おい、おふくろ」
「なあに承太郎?」
「ネコってキュウリ食うのか」
「うーん、どうかしら?でもまた急にどうしたの?」
「キュウリの馬、さきっぽ食われてた」
「あらまァ」